第30話「立ち入り禁止の部室棟」


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)30

「立ち入り禁止の部室棟」                      








 二日で駆除できます。


 部室棟の検分を終わった業者は太鼓判を押した。




「ただ、柱や基礎への浸潤が限度を超えていてますんで、建物自体の検査をやって頂かないと手が出せません」




 校長と事務長は渋い顔になった。


 業者の言うのはもっともで、建物の劣化を見過ごしたまま作業をすると後々問題になる。


 そこで府の教育庁と連絡を取り、検査官に来てもらって検査をしたのが昨日のことだ。

「震度6で倒壊の恐れがあります、とりあえず緊急に使用禁止にしてください」

 学校はただちに部室棟の出入り口を封鎖した。


 生徒も教職員も入れなくなってしまった。


「私物のパソコンとか残ったままなんですよ!」

 教頭に詰め寄った啓介だったが、決定事項やねん! そう突っぱねられてしまった。

 遅れて気づいた部長たちも、顧問やら教頭やらに木で鼻をくくったような返事しかしてもらえず、部室棟の前にたむろするしかなかった。

「どないなんねん、荷物くらい取らせてもらわんと活動でけへん」

「制服脱いだままや」

「あたしは体操服」

「俺は教科書」

「うちは金庫に部費!」

「弁当箱!」

「思い出!」

 騒ぎ始めた生徒たち、それを見かねたのだろうか、教頭と生徒会顧問の松平が現れた。

 なにか対策を発表してくれるのかと期待したが、予想もしない答えが返って来た。


「たった今、府から連絡が来た。今月末には取り壊しになる。けして中には入らんように!」


 いつになく厳しい物言いをする教頭。





 差し迫った事態というよりは、大阪府の権威を背負った小役人が威張っているだけのように思える啓介だ。

 部室棟の周囲にはロープが張られ、大阪府のハンコの押された立ち入り禁止証がペタペタ張られた。


 それが今朝の状態である。


 朝練の運動部のさんざめきが部室棟を貫いて聞こえてくる。

 文化部が退去させられた部室棟は、スカスカになったみたいで、いつもより、そのさんざめきが大きく聞こえるような気がする。


 キーキー……


 車いすを転がす音もいつもより響くような気がする。

――なんでこうなるかなあ――

 順調に学校を辞める計画が進行していた。


 がんばったけど、クラブが潰れたら仕方ないよね。


 その免罪符を勝ち取るための演劇部だった。

 この一か月学校に通えたのは、この企みがあったからだ。





 ズルズル在籍して、休みがちになり、いろんな人に気持ちを忖度されステレオタイプの同情をされ、お母さんと学校が眉寄せて相談、家庭訪問、クラスのみんなが手紙とか書いてくれて、それが口をきいたこともないような学級委員とかが家まで持ってきて、殊勝な顔でお礼を言って、先生とかクラスの何人かが痛ましそうな顔して……そのあげくに辞めるのなんてやだ。

 演劇部潰れたのが引き金で「やっぱ、空堀には合いません」くらいの軽さで辞めたかった。


 たった一か月だったけど、辞めるという不届きな目標だったけど、久しぶりにハリがあった。


 ハーーーーーーーーーーー


 緩くて長いため息が出る、涙まで出てきた。


 そんな千歳の姿を渡り廊下の柱の陰で見ている者がいたのだった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る