第29話「翼をもがれて真っ逆さまに墜落するような気持ち」


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)29

「翼をもがれて真っ逆さまに墜落するような気持ち」                   





 あれ?


 テレビのチャンネルを変えると、瑠璃の鼻歌が聞こえてきた。

 と言っても瑠璃がテレビに映っていたわけではない。

 それまでAKB総選挙だったのが、NHKの静かな天気予報になったので、キッチンで朝ごはんこさえながらの瑠璃の鼻歌が聞こえてきたのだ。



「それって、AKBの新曲だよね?」

 ダイニングに向かいながら、千歳は聞いた。

「え、あ、そうだっけ?」

 瑠璃は、目玉を天井に向けながら思い起こす。昔からの瑠璃の癖だ。千歳は、この姉の表情が好きだ。キャリア然とした姉は、この表情の時だけ、幼いころのそれになるから。

「…………やだ、これ千歳が歌ってるやつだ。いつの間にかうつっちゃったんだ!」

「え、そうだっけ?」

 千歳は、その歌をリフレインしてみた。

「……ほんとだ、あたしも口ずさんでたんだ!」

「これって『翼はいらない』だったよね?」

 

 翼はいらない……ちょっと後ろ向きな言葉だ。




 翼ときたら、「翼をください」「翼ひろげて」という前向きなフレーズになる。それほどポジティブな力を持った単語を「いらない」で真逆にしている。ちょっと気になってスマホで検索してみた。


 すると、最後の方に「遥かなる道の先を夢見て歩こう」と締めくくられていることが分かった。


 リリースされて間のない曲なので最後まで歌ったことはない。

 でも、聴いてはいたんだ。ネガティブな歌なら、けして口ずさんだりしない。

 人にはけしてネガティブな自分は見せないようにしている。例外は演劇部の部長の啓介だけだ。入部するときに、なんだか宇宙人を見るような目で見られたので、なんだか挑戦的な気分になって本当の気持ちを言ってしまった。


「あたし、演劇部潰れるの前提で入るんだから。そこんとこよろしくね」


 啓介の目には「車いすの子が演劇なんてありえないだろう」という決めつけと「車いすの子を入れたらムゲに廃部にもできないだろう」という打算が見えた。だから千歳は静かにキレて本音を言ったんだ。


「早く食べないとお母さんたち来ちゃうわよ」


「え、あ、うん」



 千歳は、器用に車いすを定位置につけ、おみそ汁の椀をを手に取った。

 瑠璃はキャリアの勤め人なので、平日の朝食はトースト・目玉焼き・カップスープなのだが、休日にはきちんとお味噌汁付の和食だ。

 アジの一夜干しも、前の日に黒門市場まで行って買ってきた本格的なもの。大阪での生活を一日も早く清算したい千歳だが、この休日のメニューには未練が有った。

 AKBの総選挙で姉妹が盛り上がった。休日の瑠璃はキャリアの緊張感が無いので、千歳は話がしやすい。

「おねえちゃん……似てるね」

「え、だれに?」

「鈍いなあ、今の話の流れならサッシーに決まってんじゃん」

「え、指原に!?」

 瑠璃は千歳とは違う意味でAKBの主席を思って鼻白んでいる。

「サッシーってすごいんだよ。小林よしのりと博多の屋台で、屋台ってラーメン屋さんなんだけどね、対談してて、小林よしのりはラーメンをほとんど食べ残したんだけど、サッシーってば完食したんだよ。なんか大物だよね」

 またしても、瑠璃は反応に困ってしまう。千歳は、そんな瑠璃が面白くてしかたがない。


 すると、スマホが振動した。


「ん……啓介せんぱいからだ」


――部室棟の取り壊しが決まってしまった――




 翼をもがれて真っ逆さまに墜落するような気持ちになった。 

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