その後

 ギッシャー7号は一人乗りである。この中の誰がこれに乗り込み、月に行ってかぐや姫を取り戻すのか。


「じゃあ僕が行こう」石作皇子いしつくりのみこが手を挙げた。


「いいや俺が行く」と庫持皇子くらもちのみこ


「それなら私が行きたい」と右大臣うだいじん阿倍御主人あべのみうし


「俺だって行ける」と大納言だいなごん大伴御行おおとものみゆき


「間をとって私が行こう」と中納言ちゅうなごん石上麻呂いそかみのまろ


「私が行こう」と帝。


「どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ」

「どうぞどうぞ」


 こうして、ギッシャー7号には帝が乗り込むことに決まった。




 打ち上げ当日、空はどこまでも高く蒼く澄んでいた。


 ここは富士山頂、発射センター。日本でもっとも空に近い場所である。


 山頂に至る急斜面を、御輿みこしが登ってきた。御輿を担いで千二百四十六丈と一尺(約3776メートル)登ってきた従者たちは皆、今にも死にそうな顔をしている。事実、岩場で滑落して三人、疲労により二人、痴情のもつれにより三人、合わせて八人がすでに殉死していた。


 神輿の中から帝が現れた。居並ぶ従者たちの歓声に手を振って答え、拳を握りしめて掲げる。この向こうにかぐや姫がいるのだ。待っていろ、必ず助けに行く。帝は颯爽と乗り込み、そして今、ギッシャー7号の扉が音を立てて閉じられた。


「どうかお気をつけて」


「やっといなくなる。政治がまともになる」


「絶対に助からない場所で事故を起こしてください」


「月に行けたとしてもそのまま帰ってこないでください」


 使用人も従者も手をちぎれんばかりに振りつつ、口々に見送りの言葉をかけた。当然、密閉されたギッシャー7号の中からは何を言っているのか聞き取れない。ただ中から手を振り返すのみである。


 右大臣うだいじん阿倍御主人あべのみうしがカウントを始めた。


「打ち上げ五秒前……四……三……二……一……発射!」


 帝を積んだギッシャー7号がゆっくりと浮き上がり、そして月に向かって一直線に飛んでいった。細くたなびく煙がロケットを追うように立ち昇り、空に溶けて流れていった。


 発射は成功であった。




………………




 あれから数ヶ月。ついに帝は戻ってこなかった。


 空を眺めて飛び立ったギッシャー7号の行方を案じるうちに、五人は気付いた。いつの間にか、かぐや姫を奪還することではなく、月ロケットを作ることが目標になっていたことに。そう、目標と手段が入れ替わっていたのである。


 偉業を成し遂げてしまった今、彼らは心地よく燃え尽きていた。


「……これからどうする? ギッシャー8号を作って俺たちも月に行くか?」


「いいや、それよりも私たちで帝の代わりに国を治めようではないか」


「それはいい。この五人なら、どんな困難だって乗り越えられる」


 こうして帝の地位は廃止され、最高位の五人の会議によって政治がおこなわれるようになった。不完全ながらも議会制民主主義の始まりである。最初は不安がっていた民衆も、民のことを第一に考えて優れた政治をおこなう五人に対して徐々に信頼の念を寄せ始めた。


 こうして国は栄え、五人は名声と栄光を手にいれた。皆が幸せになった。


 帝は結局いつまで経っても帰ってこなかったが、誰もがそれでいいと思っていた。

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