ロケット計画2 〜完成〜
息つく暇もなく襲い来るハプニング。しかし落ち込んでばかりはいられない。
まずは死因を調べなければならない。操縦者の遺体を適当に解剖してみたところ、誰にも医学的素養がなかったので特に何もわからないということだけがわかった。
「杉田玄白を呼んでこい」「駄目だ、まだ生まれていない」「じゃあどうするんだ。そろそろ若い貴族の大量失踪がニュースになり始めているぞ」「確かに。この前は四条河原の落書にも載っていた」「なんということだ、もう貴族は使わないほうがいいな」
五人は仕方なく、人間の代わりに犬を使うことで意見を一致させた。
そして犬を乗せた牛車が打ち上げられ、着陸した。帰ってきた犬は、同様に白眼を剥いて死んでいた。
ようやく死因が判明したときには、すでに五匹の犬が様々な試作機に乗せて打ち上げられた後であった。当然、その全てが死体となって帰ってきた。よってこのことから、無駄に死ぬことを「犬死に」と呼ぶようになったのである。
その死因とは、酸欠である。つまり、空の上には空気が存在しないのだ。
五人は絶望した。どんなに空を自在に飛べても、空気がないと息ができない。牛車を密閉すればなんとかなるのでは……と、犬を乗せた密閉型の試作機が打ち上げられた。帰ってきた犬は、やはり酸欠で死んでいた。当たり前のことである。
「もうダメだ」
七匹目の犬が窒息して帰ってきたとき、
さて、石上は水の中に落とした燕の子安貝を拾いあげようとする。そして、あることに気がついた。子安貝の中から、細かな気泡が立ち上っているのである。
行き詰まっていた石上は一旦牛車製作を離脱し、その気体をよく調べてみることにした。
他の四人も、それぞれに休暇をとることにした。しっかり頭を休め、なんとかして空気のない上空を安全に進む方法を考えねばならない。リフレッシュとクールダウンのため、石上と
自分の屋敷に戻った石上はフラスコとビーカーとアルコールランプを用意し、水上置換法で気体を瓶の中に集め、いろいろと実験をおこなってみた。匂い……しない。色……無色透明。火を近づけると激しく燃える。
そう、酸素である。
燕の子安貝は酸素を生み出す貝なのであった。
長らく安産の象徴と言われてきた理由に、石上は思い当たる。なるほど、上空には空気がないようだが、燕は上空を飛び回っている。つまり燕は、巣の中で子安貝から生み出される酸素を吸うことにより体を休めていたのだ。スポーツ選手が酸素吸入器を使用するのと同じことである。これを握っていれば安産になるというのも、これが酸素吸入器の役割を果たすことによるものだったのだ。
そして石上は次の瞬間、躍り上がって四人のところに駆けていった。
「酸欠問題は解決したぞ! これを使え!」
一方、自宅でゆっくりしていた
彼は、自分が手に入れてきた仏の御石の鉢の恐るべき効能に気がついていた。ここに入れた食物は決して腐らず、食べても減らないのである。気がついたはいいが、彼は「これでいつでも好物を腹一杯食べられる」としか思わなかった。そして大好物の饅頭を鉢に入れ、食べたいときに食べて満足していた。
ちょうどその頃
「そうだ」
庫持は閃いた。「あのバカ殿に飲ませよう。死んだら死んだでむしろ感謝されそうだ」
そして霊薬を携え、宮中の帝を訪れた。帝はかぐや姫を失ったショックから一切立ち直っておらず、執務の一切が手につかないという有様である。帝が役に立たないので配下たちが力を合わせて政治をおこなっていたのだが、皮肉なことにそのほうが評判がよかった。帝にはあのまま臥せっていてもらいたい……と口はばからず公言する者までいるという始末である。
「お加減はいかがですか。此度は蓬莱の玉の枝より生み出されし霊薬を持参いたしました。きっと回復の助けとなりましょう」
「おお、それは何より。いただくとしよう」
帝は何も疑わず、庫持の持参した霊薬を飲み干した。「うっ」そして胸を押さえて倒れ伏した。
「死んだか!?」
従者たちが期待に胸を膨らませて駆け寄ってきた瞬間、帝はガバッと起き上がった。
「これは一体どうしたことだ……身体の奥底から力がこんこんと溢れ出している! きっと今は自由に空も飛べるはず」
そして宮廷じゅうを走り回って元気になった旨を伝え、中庭でおこなわれていた蹴鞠に乱入して鞠で屋根に穴を開け、その穴から側室の部屋に闖入して一晩で五人を妊娠させた。
「ところでお主は今、何をしておる」
「かぐや姫奪還のため、月へ行く乗り物を建造中です」
「なんと! どうしてもっと早く言わんのだ、ただちに予算を組み、研究者を引き抜いてそちらへ寄越してやろう。半官半民プロジェクトじゃ。わはは」
こうして帝のお墨付きを得たプロジェクトはさらに加速した。
ちなみに、帝に霊薬を献上したあと、庫持は自宅でもっとたくさん霊薬を作ろうとした。しかしどうしたことか、いくら水に浸してもちっとも霊薬が生成されない。どうやら最初の一回しか使えないらしいのである。
庫持は歯噛みして泣いた。あの帝に貴重な貴重な一回を使ってしまったのだ。後悔先に立たずとは、まさにこのことであった。
龍の顎の珠により牛車は飛行性能を手にいれた。パイクリートで耐久性を高め、火鼠の皮衣によって耐熱性を獲得し、そして石上が発見した子安貝によって酸欠問題は解消された。
そして、帝側から送られてきた優秀な研究者たちによって、牛車は飛行に適した形になった。不必要な車輪は取り除かれ、華美な装飾もカビた装飾も撤去され、ほぼ完全な球形の頑丈な箱となったのである。これにより密閉性が高まり、風による影響も受けにくくなったことから操作性能も向上した。もはや牛車の面影は何一つ残っていない。
五人は協議の末に、これを『ギッシャー6号』と名付けた。これは最初の牛車から数えて六回目のモデルチェンジだったためである。最初の1号は平等院鳳凰堂に激突炎上した。2号と3号は耐久性テストで吹き飛んだ。4号は燃え尽きた。5号は窒息問題解決のために5-1から5-7までマイナーチェンジの試作機が作られ、すべてが失敗に終わった。そして、ついに6号が完成した。とうとうここまで来たのだ。
こうして、あとは飛ばすだけだと思われた。
「どれ、試験飛行じゃ」
別人のように元気になった帝が、止める間もなくギッシャー6号に乗り込んで発進した。
猛烈な加速によりギッシャー6号は空に浮かぶ黒い点と化し、すぐにそれも見えなくなった。そしてその後三日間、ギッシャー6号は帰ってこなかったのである。
まさかそのまま月に行ってしまったのではないか。あるいは、また別のトラブルが起こったのではないか。そんな疑念が彼らを包み始めた。龍の顎の珠も、火鼠の皮衣も、燕の子安貝も、当然ながら替えなど存在しない。ギッシャー6号が帰還しなければプロジェクトはおしまいである。
帝が帰ってきたのは、四日後の朝であった。
帰ってきた帝はギッシャー6号からまろび出て、地面に這いつくばった。そして何事か囁いた。
「何ですか?」従者が口元に耳を寄せると、帝は細々とこう囁いていたのである。「水と……食べ物を……持ってこい」
その後、飢餓状態から回復した帝は、試験飛行の成功を告げた。偏西風に乗って世界を一周し、それから大気圏外に飛び出して軌道に乗り、地球を眺めていたのだという。
「地球は青かった」
帝は恍惚とした表情で告げた。「寝食を忘れて見入ってしまうほどに美しかった。そして、月はここで見るのとほぼ同じ大きさだった」
そう、それは新たな問題の発見でもあった。地球を飛び出した帝が見たものは、地上とほとんど大きさの変わらぬ月である。それはつまり「遠くのものほど小さく見える」という法則が空の上でも変わらず成り立つとすれば、月までの距離は想像よりもはるかに大きいということである。その間、食べ物と飲み物はどうすればよいのだろうか。
ただし、この問題はすぐに解決した。
全員が
「ウワアアアやめてくれェェェ私の饅頭がァァァァァァ」
「饅頭ぐらいいくらでも買ってやる」「饅頭とギッシャー6号の完成とどっちが大事なんだ」「饅頭みたいな腹しやがって」
泣き叫ぶ
「ありました、これです」
饅頭は捨てられ、代わりに何を入れるかで議論が白熱した。食べても食べてもなくならないとはいえ、鉢の中に入るだけの量しか持っていけないのだ。どの食べ物を、何を入れればよいのか。
「鶏卵は完全栄養食であると聞く。鶏卵を入れておけばどうか」
「待て待て、鶏卵だけでは味気ない。醤油と白飯を追加しておくのがよい」
「揃いも揃って何を言っている。三食卵かけご飯では喉が乾くだろう」
「確かに……ここはおとなしく水を入れておくべきだろう。一週間は生き延びられる」
「では月まで一週間以上かかったらどうするつもりだ。死ねというのか」
「それもそうだ。では卵かけご飯を水に溶かして……」
「ヴォエッ」
「待て待て、俺にいい考えがある。卵と牛乳、それに砂糖を混ぜ合わせて冷たい水で溶くのだ。一説によればこれは『みるくせえき』と呼ばれる飲み物で、滋養強壮に効くとか」
「それはいい。ついでに果物なんかも入れておけば素敵な味になりそうではないか」
意見は一致した。ただちに宮廷料理人が呼び集められ、卵と牛乳と砂糖と果物から『特製みるくせえき』が調理された。五人は試しに飲んでみたが、なんとも味わい深く、とろけるように甘いため、気付けば作った分をすべて飲み干してしまっていた。
「こ、これなら大丈夫に違いないぞ。もう一度同じものを作れ」
とにかく、これで食糧問題も解決した。
それからギッシャー6号の中で三日過ごした帝の意見を参考に、船内にトイレ設備が備え付けられ、それから布団も備え付けられた。これにて最終形態、ギッシャー7号となる。
念のため、地上にギッシャー7号を置いたまま、一人の従者をその中で一週間ほど生活させた。食事、睡眠、トイレ、呼吸、すべては問題ないはずであったが、一週間後に出てきた従者は精神を病んでいた。
「おお、出てきたか。従者よ、首尾はどうだ」
「大胆不敵にハイカラ革命磊々落々反戦国家」従者は突然歌い出し、そして虚ろな目で空を見つめて動かなくなった。口の端から涎がツーッと垂れて落ちた。
五人は哀れな従者に暇を与えて屋敷から追い出した。
「どうやら人間は密閉空間に長らく一人で閉じ込められると気が狂うらしいぞ」
しかし、これは特に問題ないであろうと思われた。なぜならこの船に乗り込むのはかぐや姫奪還のためであり、かぐや姫という目標に向かって突き進んできた男たちにとって「閉所に閉じ込められる」「人と話せない」など、もはや苦労でも何でもないと思われたからだ。
こうして、すべての準備は整った。
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