第10回「見知らぬスマートフォン」

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


(電話?こんな時間に?)


 会社主催の飲み会から帰り、シャワーを浴びて浴室を出ると、カバンの中のスマホケータイが鳴っていた。


 その日はいつもは参加しない二次会まで参加したので、時刻は既に午前零時過ぎになっていた。

 何年も彼氏がいない私は、普段こんな時間に電話が来ることがなかったので、もしかしたら家族の身に何かあったのかと思い、急いで服を着てカバンからスマホケータイを取り出した。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


 相変わらず電話の音は鳴っていた。

 その音は手に取った私のスマホではなく、カバンの中から聞こえていた。


(え?なんで?スマホケータイここにあんのに…)


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


 スマホケータイを取り出したのにも関わらず尚もカバンから鳴り続ける電話の音に私の頭は混乱していた。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルト………


 やっと電話の音が鳴り止んだ。


「あ…」


 私は電話の音が鳴り止んだことで少し落ち着き、一つの可能性が頭の中に浮かんだ。


「…もしかして、誰かが間違えて私のカバンにスマホケータイ入れちゃったんかも?あはは、何だ、よく考えれば簡単な問題ことじゃん。」


 電話の音の原因こたえを導きだした私は、安心感からか無意識に独り言が出始めていた。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


 再び、私のスマホケータイではない電話の音が鳴った。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


「はいはい、いま出ますよ~。少し待っててね~っと………」


 私はこの時すでに、飲み会に参加した人のうちの誰かが自分のカバンと間違えて、誤って私のカバンにスマホケータイを入れてしまい、持ち主がスマホケータイを探して電話を掛けているのだと決めつけていた。

 私がカバンをと一台のスマホケータイが出てきた。

 画面には公衆電話と表示されていた。


「あったあった。…あれ?これ女性社員おんなのこじゃない…男性社員おとこの?つか、なんで男性社員おとこスマホケータイが私のカバンに入ってんのよ。」


 今まで一度も見たことがない真新しい状態ままスマホケータイが出てきたため、男性社員のものとしか思えなかった私は、自分のカバンを勝手に触った男がいることに怒りを覚えていた。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


(なんかムカつくからっとこ)


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


「あーもー!うっさいッ!」


 一回目さいしょとは違い、いつまでも鳴り止まない電話の音に我慢できなくなり、私は電話に出た。


「もしもしッ!?誰アンタ!?さっきからうっさいんだけどッ!!いま何時かわかってんでしょッ!?」


 まだ酔いが抜けてなかった私は気が大きくなってしまっていて、相手が上司かも知れない可能性ことスマホケータイの持ち主ではない可能性ことも忘れ、電話の向こうにいる相手に文句を言っていた。


「…………」


 私の言葉に驚いたのか、電話の相手は何も言わなかった。

 それが私をさらにムカつかせていた。


「ちょっと!!聞いてんの!?」


「…………」


「あーもー!黙ってないでなんとか言いなさいよ!アンタが何してたか知らないけど、こっちはもうシャワー浴びて寝ようとしてたとこなの!スマホでんわ探すにしたって時間を考えなさいよ!つかアンタ勝手に私のカバン触ったっしょ!?」


 あれほど長く電話を鳴らしていたのにも関わらず、無言のまま無視シカトする相手に私は思わず怒鳴っていた。


「…………」


 プツン…………


「ちょっ!……切れたし……もー!マジでなんなん!」


 激しく怒鳴ったためか、電話の相手は通話を止めて電話を切ってしまった。



「はぁ…もう掛けて来ないつもりかあ…モヤモヤする…本当ほんと…切るにしたってせめて申し訳ありませんでしたの一言くらいあるっしょ…つか、もう掛けないなら明日かけ直しますぐらい言えっつの…ったく、ムカつくからスマホこれどっかに棄ててきてやろうかな……それはさすがに酷いか……はぁ……」


 私はさっきの電話が切れたあとで少し言い過ぎたかもと思い、もう一度掛かって来たら謝ろうと、再び電話が掛かってくるのをながら待っていたが、電話が来ないまま三十分以上が経っていたため、段々と苛々してきて一人で愚痴を吐いていた。


だろ持ち主こいつ…誰だか知らないけどムカつくから勝手になか見ちゃおっかな……」


 他人ひとの物を勝手に弄るのは気が引けたが、スマホケータイの持ち主が特定出来わからないかと思い、私はスマホの画面を表示けた。

 しかし、そのスマホは画面こそロックはされていなかったが、情報なかを見ることは出来なかった。


「…やっぱりか。…じゃあ通話履歴ちゃくれきでも見てみるか……」


 私は持ち主のを知る糸口ヒントがないかと思い、通話履歴を開いてみた。


  ━━━━━━━━━━━━━━━━

 ┃公衆電話  2018/09/22(土)00:25

 ┃公衆電話  2018/09/22(土)00:23

 ┃  ∥       ∥     

 ┃公衆電話  2018/02/11(日)02:12

 ┃公衆電話  2018/02/11(日)02:08

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「ぅわっ!ナニコレ気持ち悪ッ!?全部公衆電話じゃん!」


 そのスマホは、最初に開いた画面に表示された分の通話履歴だけでなく、保存されている通話履歴100件分、その全てが公衆電話からの着信だった。

 その異様な通話履歴こうけいに、私はこれの作者知り合いから聞いたという都市伝説を思い出した。

 それは、メリーさんと名乗る存在モノから繰り返し電話が掛かってきて、最後にはメリーさんが真後ろうしろにいるという有名な都市伝説だった。


「いやいや…それはない。…うん、メリーさんとかあり得ないって……!?」


 怖さを紛らわすため、自分に言い聞かせるように独り言を繰り返していた私は、さらに奇妙なありえないことが画面上に表示されていることに気がついてしまった。


「ウソ……なにこれ……発信って……」


 そのスマホは、着信した公衆電話に対して発信するかけなおすことが出来た。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


「ッ!!!」


 私が状況を理解できない間にまた電話が掛かってきた。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


「な……また…公衆電話……」


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


(どうしよう………)


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…


(………よし!)


「もしもし……」


 私は恐怖心を抑えて電話に出た。


「………………」


(やっぱり無言…)


「…………何号室だ?」


「!!!」


「…何号室だ?」


(なに?どういうこと?何号室って?……まさか!)


「まあいい、どうせ三つだ。今からい…」


 プツン………


 私は電話を切った。


「いま……って言い欠けた…よね?……来る…なんか来る…メリーさん?…そんな……どうしたら………」


 都市伝説メリーさんと同じ展開になってしまい、私はどうしたら良いのか分からなかった。


「……そうだ…メリーさんが来たらどうすれば良いか調べ……!!!!!」


 自分のスマホケータイを取り出した瞬間に私は気がついた。


「……違う……空想メリーさんなんかじゃない……ヒトだ……人が来る!!!」


 に電話し、私のところへ向かって来ているのは現実に存在するいきている人間だと私は気がつき、一気に酔いと血の気が引いた。


 同時にこれの作者知り合いと今度公開する映画について話した時のことを思い出した―――




「―――アンタさあ、本好きじゃん?この映画の原作は読んだことある?」


「どれ?ああ、スマホのやつね。読んだことない。興味もない。」


「読んでないのかあ…原作面白かったかどうか聞いて観に行くかどうか決めようと思ってたのに。」


「面白いかどうかは個人差。そもそも落とさなきゃいいだけだし。俺ガラケーだし。全く興味ない。」


「あっそ。」


「それにむしろ現実問題げんじつとしては落としてもちゃんとまず大丈夫だし。それよりも俺はスマホをほうがヤバイと思う。」


「は?」


「もし俺が犯罪者ヤベー奴だったら…複数のスマホ使って、適当に狙う人だれかに持たせて、GPSの位置情報を常に送信させて家特定したり行動パターン調べたり色々やる。」


「ナニソレ気持ち悪ッ!つか、アンタバカなの?どうやってスマホを持たすの?他人ひとのスマホを持ち歩く人なんかまずいないっしょ。」


「んなのいくらでも出来る。獲物ねらうひとが信号待ちしてる時とか電車内とかで持ってる鞄に入れるだけ。リュック背負ってる女の子を狙うならリュックに入れる。車に張り付けてもいいし。買い物袋に突っ込めば取り敢えず獲物あいての家の場所は百パー分かる。獲物ひと勝手バレずにスマホ持たせることなんかいくらでも出来る。みんな人混みだろうが何だろうが、みてえに隙だらけだスマホ弄ってるからまずバレない。絶対誰も見てない。」


「ナニソレ怖すぎんだけど……手口やりかたとかどこで調べてんの?」


「いま適当に思い付いただけ。な?スマホよりほうがこええだろ?」


「いや、アンタが一番怖い。普通の人は思いつかないから。しかもいま思いついたとか……」


犯罪者やるがわの目線で考えれば普通に思いつくって。一回犯罪者はんにんになったつもりで考えてみ?何すればいいか分かるから―――」




 ―――今の状況はこれの作者知り合いの言ったことと全く同じ状況だった。


「来る…来ちゃう……どうしよ……三つって………」


 私は自分が置かれた状況の異常さとかつて体験したことのない本物リアルな恐怖から、軽いパニック状態になっていた。


「……三つ……三つ……なにが……わからない……三つ……」


(ダメだ…少し落ち着かないと……そうだアイツが犯罪者はんにん目線で考えればって…)


 落ち着こうとしていたが、その実では全く落ち着いていなかった私は独り言ばかり言って、警察に連絡しようとか他の誰かに助けを求めようという発想が消えてしまっていた。

 しかし、その反面、自分が犯人だったら何をされるのが嫌か考えることは出来ていた。


「!!!………チェーン!!」


 ガチャン…


(ひとまず……これで……)


 私は玄関に行ってチェーンロックをかけ少し安心していた。


 その時だった。


 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥルトゥルルン…

 トゥルトゥ…


 さっきまで自分が座っていたところでスマホでんわが鳴った。

 そして、鳴り止むと同時にドアの外から静かに呟く声が聞こえた。


「ここか………」


「ひっ!!!」


 私は思わず声を漏らしてしまっていた。

 スマホでんわの持ち主は既に部屋の前に来ていた。

 そして、部屋の中で電話が鳴った音がするか確かめていたのだった。


 ガチャガチャガチャガチャ……


(嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌)


 ガチャガチャガチャガチャ……

 ガチャガチャガチャガチャ……


(ヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテヤメテ)


 ガチャガチャガチャガチャ………

 ガチャガチャガチャガチャ………

 ガチャガチャガチャガチャ………


(ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤダ)


 自分の手が届きそうな距離で執拗に繰り返されるドアノブを弄る行為に、私はその場で座り込み頭を抱えることしか出来なかった。


 ガチャガチャガチャガチャ……

 ガチャガチャガチャガチャ……

 ガチャガチャガチャガチャ……

 ガチャガチャガチャガチャ……

 ガチャガチャ…


 突然、ドアノブの音が止んだ。


(…………終わった…………の?……)


「おい…そこにいるんだろ?…開けろよ…おい…」


「ーーーーーーー!!!!!!」


 男の声に私は歯を喰い縛ったまま叫んでいた。


「おい……聞いてんのかおい……開けねえとぶっ殺すぞ……おい……」


「ーーー!!!ーーー!!!」


 男が声を発する度に私は歯を喰い縛ったまま叫び声を上げていた。


「ちっ……なら……」


 カチャカチャカチャカチャ……

 カチャカチャカチャカチャ……


 ドアのほうから私の耳に届く音がさっきとは違う音になっていた。


 カチャカチャカチャカチャ……

 カチャカチャカチャカチャ……

 カチャカチャカチャカチャ……

 カチャカチャカチャカチャ……


(……今度はなに…………)


 ドアの向こうにいる男が何をしているのか私には分からなかった。

 私が少し顔を上げてドアのほうを見るとドアの鍵をかけるサムターンと呼ばれる部分が微かに揺れているように見えた。


 カチャカチャカチャカ……カチャン…


(!!!!!!!!)


 ドアの鍵が開いたのを見た私は咄嗟に立ち上がって、ドアノブを押さえようとしたが、間に合わなかった。


 ガシャン!!!!!


「いやあぁぁぁぁぁぁーッ!!!!!」


 男がドアが開けて入ってくるという恐怖に私は再びその場に踞り込み、叫び声を上げていた。


 しかし、男は入ってこなかった。


「ちっ…チェーンかよ……おい……おい!」


 ドアはにより、ほんの少ししか開いていなかった。


「いやぁっ!いや!!こないで!!こないでぇっ!!!」


 私はついさっき自分がチェーンロックをかけたことも忘れ、チェーンロックの向こうにいる男に来るなと懇願していた。


「ちっ…くそ……おい!…おい!!!なにもしねえから少し静かにしろ!静かにしねえとこのドアぶっ壊してなかいんぞ!」


「ひっ!!!………」


 私は恐怖による混乱から、ドアの隙間から放たれる男の言葉に従うしかなかった。

 男はドアの隙間に足を入れたまま私に向かって話出した。


「……よし、それでいい。じゃ、とりあえず寄越せ。」


「いや……やめて……なにもしないで……」


「ちっ……だから、なにもしねえで欲しいなら言うこと聞けや。わかったか?」


「ひっ………………」


 私は黙って頷いていた。

 男が本当は部屋に入って来れないことなどその時の私には分からなかった。


「はぁ……じゃ、早くそれ渡せ。」


「ど………」


「ちっ……スマホだよ。スマホ。そこにあんだろ?」


「え…あああの……こここ…」


「ちげえよ。オメーのスマホなんかいらねえよ。俺のだよ俺の。」


 私が震えながら手に持っていた自分のスマホを渡そうとすると、男がそう言ってきた。

 歯を鳴らしてしまうほどの震えと、今まで体験したことのないと呼ぶくらいでは余りにも言葉が足りないに、私は立ち上がることが出来ず、這うようにしてその男のスマホを取ってきて、言われるがままにドアの隙間から伸びる男の手に触れないように手渡した。


「……よし。…んじゃま、今日はとりあえずこのまま帰ってやるよ。おい!このこと誰にも言うんじゃねえぞ?もし誰かに言ったらマジでぶっ殺すかんな?俺はの場所も会社の場所も全部知ってんだかんな?」


「ひっ!!!」


 私は男の言葉に頷くことしか出来なかった。


「……じゃーな。」


 男はゆっくりドアを閉めるとどこか行った。

 暫くすると上の階の人が呼んだ警察が来て、私は事情聴取を受けた。

 自らが望んだわけではないものの、結果的に男の言った命令ことを破ってしまった私は、またが来たらどうしようという恐怖から家に帰らなくなっていた。


 それから二度とその男と会うことはなかった。










































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