第8回「古本」

 この話は、もしかすると怖い話や都市伝説と言った怪談とは全く関係ないのかも知れません。

 ただ、私の経験した本に纏わる話です。




 私は十五年ほど前から、関西に本社を置くそこそこ有名な古本チェーン店に勤めています。

 古本チェーンと言っても、書籍だけを扱っていたのは今は昔の話で、昨今取り扱うものは書籍だけではなく、ゲームやフィギュアやカードなどのものもあります。

 いわゆるに乗っかり、どんどん手広く扱っていった結果が『古本チェーンなのに他のメディアのコーナーのほうが広くなってしまっている』というのが私の働いている古本チェーン店の現状です。


 それはさておき、皆さんはという物を買ったことがありますか?


 買ったことがある?


 買ったことがない?


 いずれにしても、これから古本を手に取ることがあったときにこれだけは行ってほしいということがいくつかあります。

 それらは恐らく、今まで古本を買ったことがあるという人の多くが見落としな部分です。


 一つ、を嗅ぐ。

 二つ、の本体を確認する。

 三つ、か考える。


 以上の三点です。


 これらは恐らく、多くの人がその確認を怠っているのではないですか?


 ……ではなぜ、これらの三点を確認するべきなのか?

 それは私の経験したことの話を聞いてから各々で判断してください。




 最初の話は、約十年前にあったことです。



 その日は、近隣のチェーン店同士で定期的に行っている、取扱品の交換の品を入れた荷物が私の勤めている店舗に届く日でした。

 私は早番で朝一から出勤していたため、届いた十箱以上の箱の一つを開き、店頭へ並べるためにをしていきました。

 一箱目の根付けを終え、次の箱を手に取った瞬間、すぐにわかりました。


 ………


 その箱はまるで、の様な臭いをさせていました。

 そして、その箱を開くと更に強烈な焦げ臭さが広がり、その余りの強烈な臭いに、十メートルほど離れた場所にあるレジカウンターでレジ打ちを担当していた店員が、私に向かって『どっかで何か燃えてない!?』と大声で言ってくるくらいでした。

 さすがにこの箱の中身は店内に並べることは出来ないと判断した私は、その箱を一旦、店の裏にある処分品などを置いておくスペースに持っていき、すぐに店長に報告しました。

 すると店長からは、『あれは○○店の近くの家で発生した火事の焼け残りのやつだよ。ほら、少し前に家が焼けた火事が有っただろ?あの時に焼け残った部屋の中にあったものを○○店が引き取って、近所だとバレるかも知れないからうちの店に送って来たんだよ。まあ、多少は臭いがするだろうけど入っている作品は人気作品ばっかりだから、テキトーに消臭して百円コーナーにでも並べればすぐに売れると思うから。出しといて。』という回答が返ってきました。

 仕方がないので、私はそれらに消臭スプレーを吹き掛けてみたり試行錯誤しましたが、何をしても一度染み付いたそのが全て無くなるハズもなく、いくつかは十センチ以内に顔を近付けて嗅がなければ気がつかない、という程度までなったのですが、どうしても臭いがキツいものが相当数ありました。

 それらは店長の判断で、臭いが少ないものはそのまま、臭いがキツいものはビニールの保護カバーに入れて、百円コーナーに並べました。

 ちなみに、その箱に入っていた本が置いてあった家の火事で、そこに住んでいた高校生が一人亡くなっています。




 次の話は、四~五年前にあったことです。



 その日は祝日で、普段よりも客がかなり多くて私も他の同僚達もバイトを含めて皆が大忙しでした。

 私は相変わらず書籍コーナーを担当していて、その日は主に買取業務を行っていました。

 祝日でいつもより客が多く来てたため、当たり前のように、買取を申し込む客もいつもより多く来ていました。

 その中で一人だけ、今でも鮮明に思い出すお客さんがいました。


 そのお客さんは女性の方で、二十代後半の方でした。

 肩甲骨辺りまである綺麗な黒髪のロングヘアーで、マスクをしていたので定かではないものの、整った輪郭や切れ長の目からしてマスクの下は美人だったと思います。

 ただ、その女性は何年も何年も繰り返し着回してになってしまった様な服を着ていて、持ってきた物は男性が好むような漫画ばかりでした。

 とはいえ、うちの店に物を売りに来る客の中には一目でと分かる身なりで悪臭の放つ方や酔っぱらった状態で来る客もいるので、その女性も身なりのだけなら今でも覚えているほど気にならなかったと思います。

 私がその女性を鮮明に思い出せる理由はこの後で起きる出来事と、その女性のにありました。

 その女性の手首には無数のあとがあり、その傷痕きずあとは、明らかに数回程度ので残ったものではなく、少なくとも数十回、多ければ百回以上はおこなっているのではないかと思われるほどにびっしりと綺麗な直線ののようなあとがありました。

 さすがに私もそれには驚かされましたが、お客さんであることには変わりはないため、買取の手続きを行い、その女性の持ってきた本を棚卸し前の一時保存の箱に入れておきました。

 客から物を買い取る場合、身分証の提示をお願いした際や査定金額を伝える際に、必然的にお客さんといくつか会話をすることがあるのですが、私の場合、その時に世間話を交えながら売りに来た理由を聞くことが多く、その女性からも理由を聞きました。

 するとその女性は、『同棲中の彼氏が漫画好きでたくさん集めていたのだけれど…ついに結婚を決意してくれて、その費用の足しにしたいからと売ってきてと言われた。』と話してくれました。

 女性の風体と傷痕きずあとからは想像もつかないおめでたい話に、私は査定をほんの少し甘くして上げました。

 ただ、話しているときもその女性は嬉しそうな様子ではなく、淡々と話していたことが私には少し気になりました。


 それから一週間ほど経ったとき、二十代後半から三十代くらいの男性が『本を返せ。』と店に来ました。

 事情を聞くと、その男性はの結婚相手とされていた男性だったらしく、その男性の話では『と旅行に行って帰ってきたら部屋の中にあった俺の漫画が全て無くなっていて、どうやって家に入ったのか分からないが、俺がと撮った写真がそこに置いてあった。』とのことでした。

 事情が事情なので、私は直ぐに店長に掛け合ったのですが、店長は『もう売れちゃった物もあるし、こちらとしては落ち度はないからタダで返すことは出来ない。買取時にお支払した金額を返金してもらえますか?あるいは、お客様が希望するのならば、警察を呼びますので、そちらに相談してください。』と男性を一蹴しました。

 男性は店長に憤慨した様子で店を出ていき、乗ってきた車で警察へ相談しにいきました。


 その男性と内の店との問題は、男性が警察へ被害届を提出したことにより、最終的には男性に返却するように警察から命令がありました。

 その内容は『男性の持ち物であった本のを特定するのは困難なため、既に売れてしまった物は男性の持ち物として証明することが不可能と判断し、返却義務は発生しない。ただし、店が買い取った物と全く同じ物(作品名と巻数が一致するもの)の在庫が店に現存している場合、代替品としてそれらを無償で返却すること。』にというものでした。

 しかし、男性は本の受け取りに来た当日に全ての本の受け取りを拒否し、結果的に店の物のままになりました。


 その男性が本の受け取りを拒否した理由は表紙カバーの裏にありました。

 男性が受け取りに来た際、男性の車に本を積み込んでいる途中で一冊落としてしまい、表紙カバーが外れてしまったのですが、その落とした本がが店に持ってきただったらしく、カバーの取れたには、男性と男性の奥さんの結婚した時の記念写真からの部分だけを切り取った物が、まるでされた様に胴体と頭が切り離された状態で貼り付けてありました。

 そして、顔はボールペンで様に真っ黒にされ、さらに写真を貼り付けた周りのの部分には男性と奥さんに向けた罵詈雑言や怨み言がびっしりと書かれていました。

 それを見て、男性は気味が悪くなったらしく、以外の本も含めて受け取りを拒否しました。

 後で店内のものを調べた結果、が持ってきたには全て同じ様なことがされていました。

 ちなみに、このは店長の判断で『表紙カバーしていればわからないから。』ということで、写真部分だけを剥がし、本体に書かれた罵詈雑言や怨み言はそのままにして百円コーナーに並べると、映画が公開されたりアニメになっていたりする人気作品ばかりだったので直ぐに売れました。



 以上の二つの出来事が私が十五年勤めてきて経験したことです。

 私はまだ同じ店で働いてますが、一つ目の話の時の店長は辞職して他の業種に就いてますが、二つ目の話の時の店長は全国の系列店をたらい回しにされているみたいなので、私がお話しした内容と同じ様なを今でもしているかも知れません。



 作品名は伏せますが、ここ十年以内に映画化やアニメ化がされた作品を古本屋で購入した覚えがある人は、今すぐに本の臭いを確かめると共に表紙カバーを外して本体を確認することをおすすめします。












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