第7回「黒いパウンドケーキ」

 これは、俺の目の前で友達が実際に体験したことだ。

 今でもその友達と会うと必ずこの話をするくらい忘れられない出来事だった。


 その友達の名前は田代と言って、男も認めるイケメンで、友達の俺から見て性格も良いし、運動も勉強もどちらもそこそこ出来るという、まるで漫画やアニメの主人公みたいな奴だった。

 そんな田代は当然のように女子からの人気も高く、バレンタインデーにはチョコレートが机の中に入っていたり、どう調べたのか自宅の郵便受けにプレゼントが届いていたことも何度かあったらしい。


 それが起きたのは中3の10月半ば頃だった。

 受験があと半年以内に迫る中でも、俺と田代は焦ることもなく、普段通りに過ごしていて、その日も公園でキャッチボールをしていた。


 ああだこうだと話をしながら二人でキャッチボールをしていると、公園の入り口付近に止めてある俺と田代の自転車の近くに、ブレザーを着た女の子が立っていることに気がついた。

 俺の地元の中学はどこも学ランとセーラー服の制服しかないので、ブレザーの制服は遠目からでも目立っていた。


「おい、田代たっしー、ちょっとちょっと。…あの子なにやってんだろ?」


 俺はキャッチボールを中断し、手招きをしながら田代に声を掛けた。


「え?なに?…あれ?あの子ブレザー着てんじゃん。」


田代たっしー、お前ちょっと声掛けてこいよ。」


「は?何で俺が!?」


「いや、何となく。」


「ざけんな!お前行けよ。」


 俺と田代は普段見慣れないブレザー姿の女の子が気になり、小声で騒いでいた。

 女の子に聞こえない程度の声で話をしていると、その子は田代の自転車に近づき、車体に貼ってある名前の書かれたシールを確認しているみたいだった。


「ほら。田代たっしー、お前の自転車チャリ見てるって!早い行ってこいよ。ブレザーってことはかも知れねえよ?チャンスチャンス。」


「いやいや、だったら余計に声掛けずれーよ。一緒にいこーぜ?」


 そうこうしている内に、そのブレザーを着た女の子は田代の自転車のカゴに紙袋の様なものを入れると、俺らには何も言わずにどこか行った。


「ほらー、お前がぐずぐずしてるから行っちゃったじゃん。」


「いや無理だって。女子高生としうえに声掛けるとかハードルたけえって。」


「さすが、モテるのに彼女いない男!ナイスヘタレ!」


「うっせー!オメーも彼女いたことねーだろーが!」


田代たっしーそれ正解!」


 俺達は互いにり合いながら笑っていた。


「…つか、あの子お前の自転車チャリカゴに何か入れてったぞ。見に行こうぜ?」


「おー、そーだな。行くべ。」


 俺と田代は自転車に入れられた物が何なのかを確かめにいった。

 近づいて見るとそれはやはり紙袋だった。

 いかにも女の子が好きそうなカラフルな紙袋で、中は見なくてもプレゼントの類いだと想像できた。


「あ、なんか箱はいってた。」


「良いねー、田代君へって書いてあるし、プレゼントかくてーい。…ほら、田代たっしー早く開けろって。」


「うっせーな。こーゆープレゼントとかってフツーは俺一人の時に開けるもんじゃね?…まー別にお前になら見られても良いから開けるけど。」


 田代は中から出てきた綺麗にラッピングされた箱の包装紙を、破らないように丁寧に開けていくと出てきた箱の蓋を開けた。


「おっ!ウマソー!これなんつーんだっけ?パンケーキ?」


「パウンドケーキじゃね?知らねえけど。」


 箱の中には手作りと思われる黒っぽいチョコパウンドケーキが出てきた。


田代たっしー。お前それ食うの?」


「そりゃ食うっしょ?せっかく貰ったもんだし。一口ちょっといるか?」


「俺はいーよ。お前宛だし。」


「いやオメー、この間俺が貰ったチョコ一緒に食ったべ。」


 確かに俺は田代がバレンタインデーに貰ったトリュフチョコを1粒貰って食ったが、それは同じ学校の後輩が田代に上げたものと分かっていたからだった。


「…今日はいいよ。つかお前、ほんとにそれ食うの?止めとけって。」


「なんでだよ?すげーチョコの匂いしててめっちゃうまそーだぞ?」


「いや別に…」


 あのブレザーを着た女の子にも悪いし、田代に不快な気持ちをさせるのも嫌だったから言わなかったが、俺は送り主の顔も名前もわからない手作りと思われる食べ物は口にしたくなかった。


「まいーや、いらねーなら俺が全部食うから………」


 そう言うと田代はパウンドケーキにかぶり付いた。


「…う゛ぉえッ!!!…んだこれっ!気持ち悪っ!」


「ッ!!おいどうした田代たっしー!!」


 田代は口に含んだパウンドケーキを直ぐに全部吐き出していた。


!」


「はっ!?なに!?意味わかんねえって!」


「だから髪だってッ!!髪の毛はいってんだよッ!!!」


「髪の毛!?ウソだろおい!?」


「ウソじゃねーよ!これめちゃくちゃ髪の毛はいってる!うぉぇ゛…」


 田代が口から唾と共にどこの毛ともわからない毛の塊をいくつも吐き出していた。

 最初に吐き出したパウンドケーキの塊はまるで猫が吐き出す毛玉の様にびっしりと得たいの知れない毛が入っていた。

 俺は田代が無意識のうちに離さずにまだ右手に持っているパウンドケーキの色が、この無数に入れられている毛を隠すためとしか思えず、見ていて寒気がした。


 そして、俺は田代に言った。


「だから俺は食いたくなかったんだよ…」











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