番外…さっきの話
※2020年8月1日に起きたことを怪談として纏めたものです。
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それは、俺が夜中まで小説を書いていた日に起きた。
この日の俺は、当初の予定よりも早くに仕事を終わらせることが出来たため、空いた時間で最近再開した趣味の小説の執筆作業に没頭していた。
今はネットの小説投稿サイトが充実してきたため、昔みたいに座った状態で原稿用紙に直接文字を書く必要がなく、横になりながらスマートフォンを操作して小説書くことが出来るという気楽さに加え、約10年ぶりに再開した執筆作業の楽しさから連日の夜更かしが全く苦にならず、この日も夜中の3時過ぎまで小説を書いていた。
そんな中、長時間スマートフォンを操作していたからか、目が疲れてきた俺は休憩がてら近くの24時間営業のスーパーに買い物に行くことにした。
気がつくと外は長引いた梅雨の締め括りをするかのように雨が降っていたが、普段から雨が降っても傘を差さずに濡れたままにする俺は、傘を持たずに出掛け、店に着くと目的の物だけを買った。
帰宅する途中、自宅と店の中間地点ほどの位置にある、今はもう営業していない商店の前に並んで設置されている自動販売機が目についた。
普段なら気にもならないその自動販売機だが、その時は明らかにおかしかった。
自動販売機と自動販売機の間にある隙間にナニカがいた。
店に向かうときにはそのナニカの存在に全く気つかなかったが、そのナニカの正体は一目で分かった。
ソレの正体は人だった。
真夜中、雨が降っている
その異様な光景に俺は声も出せなかった。
俺は直ぐにでもその場を離れたかったが、異常なモノを見てしまった恐怖により、俺の頭と体は何もすることが出来なかった。
1秒とも1分とも思える長い一瞬の間、俺はソレから目を離すことも出来ずにいた。
しかし、その長い一瞬が過ぎると、俺は冷静さを取り戻し、ソレが人であるならば、何らかの要因により、誤って挟まってしまった事故の可能性が頭に浮かんだ。
ただ、この時の俺とその人までの距離は凡そ5m程度だったが、その人が誰かに救助を求める声は聞こえなかった。
救助を求める声はしなかったが、もしもの時を考えて、挟まっている人に少し近づいた時だった。
俺は、雨音に紛れる様な微かな音量でソレが音を放っていることに気がついた。
「ぅぁわぅぁわぅあぅわうぁうわぅぁうぁわぅあぅわぅあわぅぁうわぅぁぅ……」
雨音のせいか、それともソレが放つ音が人間の言葉ではなかったためなのか、俺はソレが何と言っているのかは聞き取れなかった。
ただ、ソレの放つ音は一定のリズムで抑揚がなく放たれていて、不気味だった。
例えるとすれば、ソレが放つ音は意味を持たない文字だけを羅列した無意味な経文のように聞こえた。
俺は宗教思想が嫌いだったが、経文には意味が込められている物であることは知っていたので、ソレが放つ音が宗教に伝わる経文の類いではないと直ぐに分かった。
「ぁわぅわぁぅあぅわぅぅわぁぅわぅわぅぁぅわぅぁあぅわぁぅわ……」
俺は文字にすることも難しいような音を放つソレが人ではないと感じた。
なぜそう思ったのかは分からない。
ただ、状況がそう感じさせた。
こんな雨が降る真夜中に、自動販売機と自動販売機の隙間に挟まって言葉にすらなっていないオトを放つ人はいない。
仮にソレが人だったとしてもそんなことをしているようなおかしな奴とは関わりたくない。
そう思った俺は、ソレに気がつかれないように静かにその場を離れ、帰宅した。
幸い、ソレは俺が近くいたことに気がついていなかったらしく、ソレが俺に何かをすることも言うこともなかった。
ソレは俺が離れるその時も、自動販売機と自動販売機の隙間に挟まったまま、奥側に向けて音を出していた。
「わぅぁぅわぁぅうわあぅあぅわぁぅうわぅあわぅあわうわぅわぅぁわあうわぅ……」
ソレの放つ不気味なオトは俺の耳に残り、自動販売機から離れた後も雨音の中でずっと響いていたように思えた。
帰宅した俺は、出る時は弱かった雨が帰りには存外強くなったことで思ったよりも濡れていたことや、気味の悪いモノを見てしまったことによる不快感を拭うため、ぶつぶつと独り言を言いながらシャワーを浴びていた。
その時、俺は思い出したくもないことを思い出してしまった…
「…ちょっと待った。…あの
俺は自分の記憶に問い掛け、自分自身と会話していた。
そして、確かに思い出した…
あの自動販売機は何年も前から壊れたまま放置されていた。
それを思い出すと同時に、俺の頭の中ではもう一つ嫌な記憶が浮かんだ。
それは、記憶が曖昧ではあるものの、あそこにある自動販売機と自動販売機の間にある隙間は大人の人間が挟まれるほど広くはないという記憶だった。
思い出したくもないことを思い出してしまった俺は、シャワーから出てくるお湯の温度など関係抜く全身に寒気が走り鳥肌がたっていた。
「ぁわぅぁうわうぁぅわぅぁわぅぅぁぅあぅわぁうわぁぅぅわぅあわうわぅぁわ……」
浴室内のシャワーの水音と、外の雨音の中で俺の耳にはアレが放つオトが聞こえた気がした。
朝の5時頃、夜明けと朝の狭間の時間になってやっと雨は上がり、外は明るくなって来ていたが、雲が空を覆っていたため、すぐそこに来ている朝の明るさが俺にはまだ十分ではなかった。
俺は、外が完全に明るくなったらもう一度アレを確かめに行くことに決めていた。
アレが何であれ、外が明るければさほど怖くないと思っていた。
もし、確かめに行ったときにアレがまだそこにいて、アレの正体が生きている人であったならば、何らかの要因により誤って挟まってしまった人、あるいはおかしな奴のどちらかであり、そうなった時はそのどちらかに合わせて対応をすれば良いだけだし、アレがいなければ見間違いか勘違いで済ませてしまえば良いと考えていた。
俺はシャワーを浴びた後、直ぐに自分がこれからする行動とさっき見た光景をホラー体験談としてネットの小説投稿サイトに投稿していた。
その内容は小説というより殴り書きの速報という仕上がりだった。
なぜそれを書いて投稿したのかは俺にもよくわからなかった。
得体の知れない不気味なモノを見てしまった恐怖心や不快感を紛らわすためだったのかも知れないし、自身が体験したおかしなことを誰かに話したかっただけなのかも知れない。
ただ、それをすることによって俺は自分が今からアレを確かめに行くことに対しての恐怖心を消していた。
アレが何であれ、俺は真相を暴きに行かなくてはならないと覚悟を決めていた。
ただ、その時の俺にはたった一つだけこれだけは嫌だという最悪の結末を頭の中に描いていた。
それはアレがそこにいようがいまいが関係無いことだった。
俺の中に描かれていた最悪の結末とは、『自分自身の記憶に残っている通り、自動販売機が既に壊れていて使われていない状態になっている』という結末だった。
この結末が俺には一番嫌だった。
なぜなら、俺が真夜中に雨が降っている状態にも関わらずアレが自動販売機と自動販売機の隙間に挟まっているとわかった理由は自動販売機の電気が点いていたからだったからだ。
アレが生きている人間の仕業にしろそうでないにしろ、自動販売機の
5時半頃になると外が完全に明るくなっていたため、俺はもう一度アレを確かめに行った。
アレはそこにいなかった。
そして、やはり自動販売機は壊れていて電気は通っていなかった。
「はぁ……やっぱりか……マジで勘弁してくれよ……」
俺は愚痴を吐くように独り言を呟きながら自動販売機と自動販売機の間の隙間がどのくらいの幅があるのかを確かめた。
隙間の幅は俺の握り拳を横にして、親指を立てた状態とほぼ同じで約15cmだった。
俺は、それを確認すると直ぐに家に帰って、もう夜はなるべくあの道は通らないようにしようと心に誓った。
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これが、2020年8月1日に起きたことの全てです。
本当に勘弁して欲しい。
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