第6回「遺品整理」

 俺は昔、友人と共に3人でリサイクルショップを経営していたことがある。

 これはその時にあった話だ。




 それは、何年かに一度ある『遺品整理』の依頼を請け負った時のことだった。

 依頼主は清美(仮名)さんという20代の女性で、依頼内容は『家の中のものを全て処理して欲しい』というものだった。

 廃品処理の資格も取得しているリサイクルショップの場合には、時たまこういう依頼を受けることがある。

 こういった依頼があったときは、処理する理由を依頼主に聞くことになっている。

 これは、他人の荷物を勝手に処理してしまうと言うことがあったときに責任を負わないための自衛手段だ。

 清美さんにそれを聞くと、こんな回答が返ってきた。


「私の母方の祖父が亡くなったんだけど、祖父の唯一の肉親である母が遺産を相続することになり、土地や家を売って現金にしようと思ったら家の中が散らかってるので何とかして欲しいんです。重くて運べないものも多いので。必要なものはもう出してあるので、売れそうなものが残っていれば全て差し上げます。急いで片付けてもらえますか?なるべく早くお願いします。」


 祖父が亡くなったことに対する悲しみとかは一切感じない態度で、こちらとしては逆にやりずらかった。

 不動産屋からの依頼で同じように言われても何とも思わないが、肉親からこういう言い方をされるのはいい気分ではなかった。


 片付けは丸2日で終わった。

 初日は明らかにゴミと分かるものを中心に運び出し、2日目は古物として価値の有りそうなものや中身がわからない箱などを運び出した。

 片付けを終えた後に清美さんから出た『祖父が無駄に長生きしたからガラクタが多くて大変だったでしょう?』という言葉に俺は呆れてしまった。


 それから数日間、俺と友人は運び出したものの選別作業に追われていた。

 その中からで『清美』と書かれた箱が出てきた。

 箱の中身は、小さい頃の清美さんと思われる女の子の写真や清美さんと亡くなったとされる祖父が共に写った写真、子供の頃に清美さんが書いたと思われる絵や手紙といった物で、所謂『思い出の品』だった。

 これは売れる物ではないけど、さすがに勝手に捨てられないと思って清美さんに連絡したところ、『ああ、はいはい。大丈夫です。処分してください。他に同じようなものが出てきても処分しちゃって結構です。』と言われた。

 処分費を貰っている以上、そう言われてしまったら処分するしかなかった。

 尚も選別作業を続けていると、今度は位牌が入れられた箱が出てきた。

 開けた瞬間に位牌が目に入ったので、それ以上中身を確認せず、直ぐに蓋を閉じて、再び清美さんに連絡したが、返事はさっきと同じだった。

 それどころか、『同じことで繰り返し連絡しないでもらえます?』と言われた。

 本当に呆れたが、俺と友人は位牌が入った箱だけは店の近所にある寺に事情を説明して引き取ってもらうことにした。

 ここの住職は面白い人で、よくうちの店に顔を出しては置物や陶器などの骨董品を物色していて、元々骨董品が好きな俺とはよく話をする仲だった。

 住職は事情を聞くと、お礼代わりにと持っていった1つで快く引き受けてくれた。

 その際、何か不都合があった場合は店に連絡をしてくれと伝えておいた。


 それから2週間かそこらが経ったときのことだった。

 清美さんが母親とともに店にきた。

 二人は何かあった様子で、引き取ってもらった物を返してくれと言ってきた。

 それは、あの位牌が入った箱のことだった。

 二度目の電話で俺に対し、繰り返し連絡してくるなと言ったときから見事に手のひらを返す清美さんにも驚いたが、それよりも遺品を運び出す日に顔も見せなかった清美さんの母親の剣幕が怖いくらいだった。


「あんたらよくも勝手な真似をしてくれたわね!!!」


 清美さんの母親は店に入るなりそう言って捲し立てた。

 急に怒鳴り込んできたのは面食らったが、俺が事情を説明すると二人は謝罪もせずに寺に行った。


 その数時間後、寺の住職から連絡があり、なるべく早くに社員総出で寺に来て欲しいと言われた。

 夜でも構わないと言われたので、その日の閉店後に寺に行くと住職は、『例の二人の周りで色々と善くないことが起きているので、二人と関わったあなた方も念のためにお祓いをしましょう。』と言った。

 俺らは意味がわからなったが、代金は要らないとのことなので、とりあえずお祓いをしてもらうことにした。

 ここから先は、住職が清美さんとその母親から聞いた話を俺が住職から何とか話だが、それを纏めるとこういう感じらしい。


 祖父の家の中に有ったものを全て片付けた日の3日後から、清美さんが一人暮らしをしているマンションの部屋で、自分しかいないのに風呂場のシャワーが急に流れ出したり、消したはずの電気が点いていたり、夜中に玄関の扉をガチャガチャと鳴らす音がしたり、奇妙なことが続いていたと清美さんが住職に話したらしい。

 それだけでなく、これと似たようなことは同じ頃から清美さんの実家でも起きていたらしい。

 そして、清美さんと母親が店に怒鳴り込んでくる前日の夜、清美さんが実家に顔を出した時のこと。

 清美さんの母親が訪ねてきた清美さんを出迎えに玄関に行ったほんの少しの間に、さっきまで何ともなかった清美さんのを祀った仏壇の中がめちゃくちゃにされて、位牌やお鈴などは部屋中に散らかっていて、線香の灰と仏壇の横に飾っておいた花瓶の中身が仏壇の中にぶちまけられていたらしい。

 そんなことがあって、二人は思い当たるのはしかないと店に怒鳴り込んで来たということだった。

 住職によると、『二人に起きている問題は亡くなった祖父だけの問題ではなく、様々なが入り交じっているもので、まず無いとは思うものの二人と関わった人にも影響がある可能性もゼロとは言えない。』ということで俺達を呼んだと言うことだった。

 住職はお祓いをした後で、今日まで何の影響も無いのだから、これからもまず大丈夫だろうと言っていた。

 ちなみに、清美さんの周辺に異常が起き始めた日は、俺が住職に箱を引き取ってもらった日と同日だった。


 お祓いを終えた後、住職が俺だけを引き留めた。

 そして、『これは絶対に誰にも言わないでくださいよ。』念を押してからあるものを見せてくれた。


「先日、お引き取りした箱の中からね…こんなものが出てきたんですよ。今はこちらに入れているのですが…これは、あの二人には渡すことができませんでした。」


 そういうと、住職は木箱を出して、蓋を開けた。

 木箱の中には鉛筆くらいの太さのが何十個も入っていた。

 俺は意味がわからなかったので住職に説明を求めると、住職はこう言った。


「これね…亡くなった人の髪の毛ですよ。恐らく、これらの内のほとんどが、あの二人と血の繋がったご先祖様のものではなく、全く血の繋がりがない赤の他人のものてしょう。古い物では戦国時代の物も入っていると思われます。」


 どうやら俺は住職に嵌められたらしい。

 いる俺の様子を見て住職は楽しそうに笑っていた。


「心配しなくて大丈夫ですよ。既に二度お祓いを済ませてますから。」


 住職は相変わらず笑っていたが、俺はその髪の毛の束の主の大多数が殺されて、髪を切られたと考えると気味が悪かった。

 住職は気味悪がる俺の顔を見て、尚も話を続けた。


「…これは本来、髪の毛の主の御霊を鎮魂するためのものなので、供養の一環です。ですから、この髪の毛自体は悪しき物ではありません。ただし、あの二人のようにないがしろにすれば害をなす可能性はありますが…これが御霊の鎮魂のために遺された物である以上、鎮魂の気持ちを持たないあの二人にお渡しすることは出来ませんでした。」


 俺は、色々な意味でこの住職は大したものだと思った。


 あれから何度か住職とこの話をしたが、どうやらあの二人は、あの日以来一度も来ていないらしい。

 聞くと、あの日も寺に来るなり事情も言わずに『位牌をよこせ!』の一点張りで、『お渡しするには事情をお聞きしなければなりません。』と言ってどうにか聞き出したのが、俺達にしてくれた話らしい。

 そして、位牌を渡すと『お祓いをしましょう。』と引き留める住職の話も一切聞かずに帰ってしまったらしい。


 これは住職のらしいが、清美さんの母親の結婚相手は宗教組織に属していて、宗教組織によっては他宗派を一切認めないものあり、改宗しない肉親がいる場合には、その肉親と絶縁させる宗教組織も存在するので、そのために今回のようなを生むことになったのではないかと住職は言っていた。

 それともう1つ、『あの二人は恐らく手遅れでしょう。生死に関することではなく、人として欠損してしまっています。あの二人を見ていて支離滅裂というか様子がと感じませんでしたか?…これは恐らく、宗教組織による洗脳の影響だと思います。ですから、持ち帰った位牌も恐らくまともには扱っていないでしょう。』と語った。


 箱から出てきた大量の髪の毛の束も不気味ではあったものの、住職の話を聞いていると、その髪の毛の束よりも、自分の先祖の位牌を処分して構わないと簡単に言ってしまえるような宗教組織による洗脳や、それらが元に生まれたとやらのほうが恐ろしい気がした。























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