第14話 ビッチに胸キュンとか絶対ありえない

「んじゃ、アタシは先に帰るから」


 そう言って、机に置いてあったカバンに手をかける。


「おい待て。桜宮と百合ヶ崎は?」


「二人とも今日は行けなくなったって連絡あった。だから今日の活動はおしまい」


「へえ……そうか……そうなのね」


 無駄な時間を過ごしてしまったようだ。こんなことになるなら水原の相手とかしないでさっさと帰るべきだった。


「これ部室のスペアキー。残っててもいいけどちゃんと戸締りしてから帰れよ」


 水原はスカートのポケットからカギを取り出すと、ポイッと投げてよこした。


「はいはい。分かりました。つーか、うちの母ちゃんみたいな言い方はやめろ」


「ハルっちが『もし戸締まりしないで帰ったら一生消えない傷をつける』って」


「怖ぇから! どんな傷を残すつもりだよ!」


 雰囲気的に心と体に深く刻まれるやつ。短い付き合いだがその予感しかしない。

 つーか、俺ってば、戸締りできないダメ人間と思われすぎでしょ。いくらなんでもその辺の常識は備えているつもりなのだが。


 水原はそれだけ言って満足したのか、俺に背を向けるとそのまま入口のドアに向かって歩きはじめた。

 その後ろ姿を見送りながら、どうしたものだろうかと思案してみる。

 どうせ家に帰ってもやることは孤独にラノベ読み読みだ。なら、せっかくなので部室に残って孤高に読書タイムでもいいかもしれない。

 なにせここは宝の山である。あの珠玉の名作たちが全巻コンプされている環境は普通に考えて俺得しかない。

 部室に残ることにした俺はふぅと息を吐いて立ち上がる。


「花村」

 

 水原がドアの前で足を止めて振り返った。


「なんだよ? まだ言いたいことあんの?」


「明日も部活くるでしょ?」


「……ああ……嫌々だけどちゃんと行きます」


「そっか。んじゃまた明日ね。遅刻すんなよ」


 そう告げると、水原は踵を返して、カツカツと小気味の良い音を響かせながら部室から出て行った。

 部室のドアがガチャリと音を立てて閉まるのをぼんやりと見届けながら、俺はしばらくその場に突っ立っていた。


 水原が最後に見せた表情を思い返す。

 いつものイラついた顔からは想像できないぐらい柔らかくて無邪気で――とても綺麗だった。

 その表情が何故だかやたらと胸に響いて、急にカァーッと顔が火照ってくる。

 

 これはアレか。俺ってば不覚にも水原にデレてるのか。

 ありえない。水原に胸キュンとか絶対ありえないから。

 相手はビッチ。俺はボッチ。似ているのは響きだけだ。

 その関係性はまさに水と油。あるいは犬と猿。混ぜると危険だからお互いに距離を置くのが一番良い。仮に混ざってしまうと塩素ガスの代わりに口喧嘩が発生する。

 その悪影響たるや周りの友達にウザがられて心象を悪くしてしまう。

 

 いや、ボッチの場合はそもそも心象を悪くする友達がいないからある意味で勝ち組かもしれない。世間一般的には負け組かもしれないがそこはあえて無視しよう。

 

 まあ、普段の水原を見ていればよく分かることなのだが、ビッチたちは基本的に自分が会話の中心にいないと気が済まないという面倒くさい性質の生物だ。

 要するに『世界の中心でマツエクをするケモノ』ともいえるのだ。


 その点、ボッチはいつだって会話の外側にいる存在。中心どころか内側にすら入っていない。圧倒的な部外者であるが故にビッチたちの生態を冷静に批評できる生まれついての探究者なのである。

 

 やはり俺たちはどうあっても相容れないらしい。

 

 うむ。実に俺らしい理論武装。水原にもぜひ聞かせてあげたい。

ロジカルに結論づけると、火照った顔もいい感じで冷めてきた。さて、せっかくなのでラノベでも読むとするか。

 

 部室の中を歩いて一直線に目指すは書棚の一画。

 言わずもがな目的の一冊は『僕とおっぱい星人』である。

 すでに意中のラノベの場所を把握している自分の瞬間記憶能力に戦慄しながら一冊だけ抜き取り、元いた席に戻って腰かけた。


 努めて平静を装っているが内心は割とパーリーナイトだった。

 きっとここが自分の部屋なら奇声を発して、それを聞いた妹が「黙れ」と怒鳴り込んでくること間違いなし。

 

 高鳴る鼓動。高まる期待。スゥーッと軽く深呼吸してから本を開く。

 すると、一ページ目になにやらメモが書きこまれた栞が挟まっていた。

 激しい既視感。非常に嫌な予感がする。

 栞を取り上げて目を通すと、達筆な文字で一言。


『君の読みたい例の本は隠しておきました。残念☆』


 見覚えのある文字だった。つーか、あのラブレターと同じ文字。つまりは桜宮の書いた呪詛ということだ。

 小刻みに震える手でペラペラとページをめくって本の中身を確認したところ、小難しい英語の文章が並んでいた。やべぇ。普通に目が痛い。英語の暴力。

 盛大にため息を吐いて本を閉じた。ズシリとした重みが俺の心にまでのしかかってくるような気分になる。


「謀ったなぁぁ! さぁぁぁくぅぅらぁぁぁみぃぃぃぃぃやぁぁぁぁ!」


 俺の絶叫が部室に響き渡った。

 どうやら桜宮に謀られたようです。意気揚々と手にした本は『僕とおっぱい星人』ではなかった。なんならラノベですらなかった。つーか、これ本物の洋書じゃねぇか。マジで嫌がらせのクオリティが高すぎる。


 いや、ちょっと待て。これアレか。もしかして俗にいう『ドッキリ』とかいうリア充が好きなアレなのか。ってことは、ドアの外では桜宮とか水原が隠れてて、俺がドッキリに気付いた瞬間に『タッタラー♪』とか音楽を鳴らしながらプラカード持って入ってくるのだろうか。

 

 やべぇよ! 俺こんなの慣れてないからどうリアクション取っていいか分からん!

 とりあえず「お前らマジやめろよなww」的なノリで笑っとこう。母ちゃんにも笑顔が可愛いって褒められたことがあるしな。五歳ぐらいの頃だけど、面影はハッキリ残ってるからまだ通用するはずだ。

 

 べ、別にドッキリを仕掛けてもらえたのが嬉しいわけじゃないからね!

 とか恥ずかしながら割とウキウキしたテンションで桜宮たちが部室に突撃してくるのを笑顔で待つことにした。








 二時間後。


 誰もこなかったのでおとなしく帰ることにした。

 さすがに泣いた。

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