第12話 部屋とワイシャツとビッチ

「花村」


「なに?」


「なんで今まで部活に入んなかったの?」


 水原は相変わらずスマホから目を離さずぶっきらぼうに聞いてきた。


「なんとなく。つーか、そもそも部活に入ってもメリットがないだろ。俺、無駄なことはしたくない主義だからさ」


「マジで意味不明だし。メリットとか関係なくない?」


「お前にはなくても俺には重要なことなんだよ。考えてみろ。本当はやりたくもないのに無理してなにかに取り組むとかただの苦行だぜ。そんなの俺が出家を決意するまでは遠慮しとくわ」


「あんたの話を聞いてたら頭痛くなってきたわ。そんなんだから友達できないんだよ」


 俺の回答が不満だったのか、露骨に呆れた表情をしながら水原は頭を抱える。

 さすがの俺もそのリアクションにはムカッときた。あたかも自分の考えだけが正しいと主張して、他人を見下しているような態度である。

 こういう輩は普段から喚き散らすしか能のないギャルに多い。花村レポートの調査結果なので間違いなし。

 いつものように華麗にスルーしようかとも思ったが、水原と同じ空間に二人だけという特殊なシチュエーションが俺に反論を促した。


「うるせぇよ。俺の勝手だろ。それに勘違いするなよ。俺は友達ができないんじゃなくて作ろうとしないだけだ。お前らみたいに群れなくても生きていけるんだよ」


「アタシだって群れてるわけじゃないし!」


 手にしたスマホをバンッと机に叩きつけて、水原がこっちを睨んでくる。

 気のせいだろうか。その目は少しだけ赤くなっているように見えた。


「どうだかな。お前、ギャル連中と毎朝ギャーギャー騒いでるじゃねぇか。そういうのが群れてるってことだろ」


「あれは友達とはしゃいでるだけでしょ! なにが悪いわけ?」


「悪いとは言ってねぇよ。ただ、俺にはそんなの必要ないだけ。誰かの顔色を窺いながら過ごす日々になんの価値があんだ?」


 はっきりと断言すると、水原はハッと息を飲んで押し黙った。

 それからまた部室の中に静寂が訪れる。

 俺が部室に入ってきたときに逆戻りだ。


 いや、唯一の変化があるとすれば、さらに空気が重苦しくなったことぐらいか。

 ったく、桜宮たちが部室にくるまでこいつと二人きりとか耐えられないってば。

 仕方ないのでラノベの続きでも読みながら桜宮たちを待つことにした。

 ペラペラと俺がページをめくる音だけが部室に響き渡る。

 その心地良い音色が珍しく感情的になってしまった心を落ち着かせた。

 おかげで今更ながらちょっとだけ言い過ぎたと反省。ついでに罪悪感。


 別に水原のことを全面的に否定するつもりはない。あいつは普通に青春を謳歌しているだけで、なんなら俺みたいな友達も作らずに夢とか希望も抱かずに生きているやつよりはよっぽどマシなのかもしれない。

 気になって視線を向けてみると、水原は両腕で顔を覆い隠して机に突っ伏していた。

 いつだってそうだ。俺は無自覚に失敗してしまう。あの頃となにも変わっていない。


「悪い……言い過ぎた」


「…………うるさいし」


 水原が力なく答えた。


「お前のことを否定するつもりはない。つーか、お前は正しいよ。本来はそうして誰かと楽しみを共有することが学生の本分じゃねぇのかな。だから、俺みたいなボッチで周りと距離を置いてるやつのほうが間違ってんだよ。まあ、俺の場合は好きでやってるから気にするなって」


「……アタシだって……あんたが間違ってるとか思ってないし」


「そっか。なら、この話はここまでにしようぜ。こんな修羅場みたいな状況で桜宮たちが帰ってきたらビックリするだろ」


 その場合、俺がボロクソに糾弾されるのは確定事項である。いや、もうそれだけはマジ自信を持って断言できますから。女子はいつだって女子の味方。


「…………うん」


 ズビッと鼻をすすってから水原は顔を上げた。

 赤く充血した目から一筋の涙が零れ落ちそうになっている。

 こんなときに気の利いた一言をかけてあげられるようなイケメンではないので、なにも言わずに目の前にあったティッシュの箱を水原に向けて滑らせてやった。

 それが丸机の上をスーッと滑りながら水原の手前で止まる。


「…………ごめん」


 水原はポツリと呟いてからティッシュで涙を拭った。


「まあ……その……アレだ。俺はこんな感じで捻くれてるからさ。俺みたいなやつが同じ部活にいたら大変だと思うぜ」


「ホントだよ。マジ捻くれ過ぎ。でも、それならハルっちも負けてないでしょ。あんなに可愛い顔して中身はスゴイよ」


「知ってる。ただ、あいつの場合は捻くれてるんじゃなくて性格が腐ってるだけだろ」


「アハハ! 今の発言かなりヤバいって! ハルっちに報告しとくわ!」


「おい! やめろバカ! 俺の高校生活がゲームセットしちまうから!」


 それから二人で腹を抱えて笑った。

 こうして誰かと笑い合うとかいつ以来かな。なんかやけに懐かしく思える。


「あのさ……もう一個だけ質問してもいい?」


 とか感傷に浸っていると、水原がどこか言いにくそうに切り出してきた。


「今度はなんだ?」


「花村はどうしてそんな感じになったわけ?」


「そんな感じって……どんな感じだよ?」


「べ、別にバカにしてるとかそういうのじゃないけどさ。ただ、そんな感じで他人を

寄せつけないっていうか、そんな感じで周りに壁を作ってるっていうか、あーもうなんて説明していいか分かんないけどそんな感じ!」


 水原の質問は酷く抽象的で要点が分かりにくかったが、とりあえず雰囲気でなんとなく言いたいことは伝わってきた。


 要するに俺がボッチな理由を聞きたいのだろう。

 いきなりデリケートな問題に触れてくるとかリアルに神経を疑うんですけども。

 しかしまあ、こいつにあの話をしたところで今更どうにかなるものでもないか。


 ふぅと深く息を吐いてから俺は昔のことを語り出した。


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