閑話 ボッチとビッチが似ているのは響きだけ
第11話 憂鬱な放課後の巻
「はあ……かったるい……」
俺は金属製のプレートに『アメリカンランゲージ倶楽部』と書かれたドアの前で盛大にため息をついた。
放課後の部室棟だった。
これから楽しい部活動の時間だ。
いや、実際にはなに一つとして楽しみではないのだが、HRを終えた後にこっそり逃げ出そうとしたところ、桜宮が「サボったら殺すよ?」とオーラで訴えてきたので大人しく馳せ参じた次第である。マジであいつは将軍かよ。参勤交代を強いられた大名の気持ちがよく分かった。理不尽以外のなにものでもない。
そもそも帰宅部の男子高校生が美少女だらけの謎の部活に無理やり入部させられるとかラブコメにありがちな展開だろうに。ラブコメを回避したいのであれば、俺を入部させること自体が矛盾しているのだ。
とか必死に反論したところ、それこそが桜宮の目的だと一蹴された。
これはアンチラブコメ倶楽部にとって体験学習のようなものらしい。
あえてラブコメなシチュエーションを作り出すことで、どのような変化が起こるのかを実験することが目的であり、そのために選ばれたのがラノベに出てきそうなボッチ男子となるわけだ。要するに俺はモルモット。将来的には処分されるだけの運命。
とか自嘲気味に呟いたところ、桜宮に「ただの必要悪よ」と断言された。
おい。悪ってなんだよ。入部してやったんだからもう少し優しくしろよ。
そんな感じのやり取りがあった翌日なので、本当なら傷ついた心を癒すため家に帰って枕を濡らしたかった。ラノベを読みながらだけど。それこそが数少ない慰みごと。
もういいや。こうしてドアの前でやれやれトークをしていても仕方ないですね。
逆に遅れてきたせいで難癖つけられるほうがリスキー。桜宮ならやりかねない。
意を決してドアノブを回して部室の中に入った。
「チーッス」
「……ちっ」
なるべくフランクに挨拶をしたら舌打ちを返された。
そんな無礼なことをする輩はクソビッチこと水原柚希しかいない。
「いきなり舌打ちしてんじゃねぇよ。エコーロケーションですか?」
「うっさいし。日本語で話せバカ」
水原は目も合わさずに返事をしてきた。
水原から離れた場所に腰かけて部室を見渡してみる。
部屋の中にいるのはいつものようにスマホをいじる水原だけだった。
俺をこの部活に巻き込んだ桜宮もいなければ、座敷童な存在の百合ヶ崎もいない。
そういや桜宮は日直だったような。あいつなにも言わんから分かんねぇよ。
結局、同じ部活に所属したからといって、俺たちの関係性はなにも変わらなかった。
教室で会話をすることもなければ、廊下ですれ違っても会釈すらしない。そのあたりを徹底しているからこそ桜宮という記号は際立っているのだ。
しかしまあ、無口で他人を寄せつけないような雰囲気を放っているかと思えば、部室の中では別人のように饒舌で人をからかってくるわけだし、俺にはどっちが本当の姿なのかよく分からない。ビジネスライクならぬクラブライクな関係とでもいってしまえばいいのだろうか。
ただ一つだけはっきりしていることは、すごい性格が悪いってことだけだ。それだけは自信を持って断言できる。頼むからあの合成写真の元データ渡してくれないかな。
「百合ヶ崎は?」
カバンからラノベを取り出しながら水原に声をかける。
「委員会の活動」
水原は素っ気なく答えた。
「ふーん。そういうことか」
「普通さぁ同じクラスだから分かるだろ」
ボソッと毒を吐かれる。いつもだけど一言多すぎるから。
「知らなくて悪かったな。お前は委員会とかないのかよ?」
「別にあんたには関係ないでしょ」
「そうですね。すいませんでした」
「……バカみたい」
それっきり会話が途切れた。
おい。誰かこの重苦しい空気をどうにかしてくれ。
つーか、この感じは久しぶりに同年代の従兄弟に会ったときと似ている。
最初は親とか一緒だからフレンドリーに話せるけど、二人だけになると絶妙に気まずくなって黙り込んじゃうパターン。誰だって一度はそんな経験があるだろう。
こっちが空気を読んで「最近どうなの?」とか聞いても、相手からは「普通かな」とか無難な回答が返ってくるわけよ。会話の切り方が雑過ぎるでしょ。
とりあえず窓とドアを全開にして空気の入れ替えをしてみるか。ついでにこの無愛想なビッチもチェンジできればいいのに。基本的にビッチとボッチの相性は悪い。同じ空間にいたらロクなことにならないのはすでに実証済みである。
そんなことを思い立って腰を上げようとしたところ、意外なことに重苦しい沈黙を先に破ったのは水原だった。
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