第10話 アンチラブコメ倶楽部へようこそ

「うるせぇ! だったら、お前はクラス全員の顔と名前を覚えてんのかよ!」


「はあ? 覚えてるに決まってるでしょ! あんたと一緒にしないでよね!」


「よーし! それじゃここで花村クーイズ! うちのクラスでいつも美少女のフィギアをでながらラノベを読んでいて、口癖のように『三次元の女子を滅ぼしたい』とブツブツつぶやいているデブの名前はなんだ?」


「え、ええっ? ちょっ! えーっと……えーっと……」


「ブーッ。残念ながら時間切れだ」


「早すぎ! あんた最初から答えさせる気ないでしょ!」


「誰が時間無制限だと言った? いいか水原。時間とは有限なのだ。ちなみにこの問題の正解は『そんなキモオタはうちのクラスにはいない』でした。おバカなビッチちゃんにはちょっと難しかったかな?」


 補足ほそくしておくと、仮にいたとしてもたぶん覚えてない。


「……このゲス。本気で相手したアタシがバカだったし」


 水原はボソッと言ってから、イラついた表情で再びスマホをいじりはじめる。


「二人ともじゃれ合いはそこまでよ。百合ヶ崎さんが泣きそうになっているわ」


 桜宮の言うように、合法ロリこと百合ヶ崎はつぶらなひとみに涙を浮かべていた。

 本物の小学生を泣かしたみたいで罪悪感ざいあくかんが半端ない。


「まっ、アレだ。覚えてなくて悪かったな」


 とりあえず謝っておく。この場面でのベストアンサーは謝罪だ。

 つーか、なんでこんなに怯えているのか理由が分からんのだが。


「それでは百合ヶ崎さん。花村くんも自分の愚かさを反省しているようだし、いい加減にあなたもご挨拶しておいたら?」


 桜宮に促されて百合ヶ崎は意を決したように涙をぬぐうと、俺に向かってペコッとお辞儀じぎしてから口を開いた。


「……あ、あのぉ……百合ヶ崎ゆりがさき……みおです」


 その声は真綿まわたのように柔らかくてどことなくなまめかしい色気が漂っている。

 要するにウィスパーボイスだ。ぶっちゃけるとものすごく好きな声だった。


「ちなみに百合ヶ崎さんは昨日も部室にいたわよ。気付かなかったかしら?」


「うーん……なんか微妙に思い出してきた」


 そういや昨日も部室のすみで本を読んでいたような気がする。


「さて、それでは役者も揃ったことだし本題に入りましょう」


 いつの間にか机の前に戻っていた桜宮がこう切り出した。


「おい桜宮! まずはあの写真のことだ!」


「ああ、そうね。そんなこともあったわね」


「そんなことじゃねぇよ! あんな激ヤバな写真を勝手に捏造ねつぞうしやがって!」


「うふふ。よくできた合成写真でしょう?」


 桜宮は満足そうに微笑む。

 まあ、確かによくできた写真である。合成と説明されても簡単に信じきれないレベル。

 実際にそんな出来事があったのかと自分の性癖に戦慄せんりつするぐらいのクオリティだった。


「笑うなって! つーか、あの写真どうやって作ったんだ?」


「昨日この部室で私たちが話しているすきに水原さんにお願いしてスマートフォンで写真を撮ってもらったの。そして、そこから適当な写真を何枚か選んでおいて、百合ヶ崎さんがネットの面白いエロ画像と合成したのよ」


「百合ヶ崎がって……こいつが犯人か!」


「ええ。彼女は生粋のアイコラ職人なの」


「……ほ、本当にすいませんでした……自分でも夢中になってしまって……」


 百合ヶ崎が再び瞳に涙を浮かべながら頭を下げてきた。


「い、いや! 別に気にしてないから! なんなら別の作ってもいいから!」


 思わず適当な返事しちゃったよ。だってほら、こんな可愛い娘に泣かれたらお兄さんは困っちゃうからね。って、アイコラとかマジで久しぶりに聞いたし。もうとっくに死語しごになってるだろ。


「それにしても花村くんが『僕とおっぱい星人』を熟読じゅくどくしているときのはしたない笑顔は本当に秀逸しゅういつだったわよ。おかげで素晴らしい奇跡の一枚が完成したのだから、これはある意味で私たち四人のはじめての部活動ということになるわね」


「ならねぇから! お前マジで思考回路がフリーダムすぎ!」


 どう考えても俺にとっては不利益しかないわけですが。ここ拷問部ごうもんぶの間違いだろ。


「さあ、花村くん。余計な話はここまでよ。君の目の前には二つの選択肢があるわ」


 もったいぶった様子で腕組みをする桜宮。


「すごく嫌な予感がするのだが……」


「一つ、アンチラブコメ倶楽部に入部せず薔薇ばら色の高校生活を過ごすか」


 桜宮は腕組みを崩して人差し指を立てる。


「二つ、アンチラブコメ倶楽部に入部して私たちとハーレムを楽しむか」


 続けて中指を立てると、桜宮は挑発ちょうはつするようにニヤリと笑った。


「この野郎……薔薇色の高校生活とか絶妙な言い回しをしやがって……」


 それとなく素敵な感じで提案されたが、要するにこれは脅迫だった。

 だって、入部しなかったらあのウホッな写真をばらかれるわけだろ。そしたら灰色の青春が完全に真っ黒になるじゃねぇか。いや、別にからかい合うような仲の良い友達とかいないから困りはしないのだが。

 

 それでも高校生活において体裁ていさいとはなによりも優先されるべきものだ。

人の印象とは結局のところ記号である。

 そして、一度でも記号が定着ていちゃくしてしまうとそう簡単には払拭できない。

 だから、学生は必死になって自分の記号を鮮やかで印象的に見せようとする。

 だから、俺は目立たないように無色透明むしょくとうめいな記号を心がけて平穏に過ごしてきた。


「さっさと決めなさい。時間は有限なのでしょう?」


 桜宮の言葉に反応して、水原と百合ヶ崎がチラッとこっちを見てくる。

 ったく、どうせ最初から選択肢はないんだろ。


「あーもう……降参だ……入部してやるよ……」


 ガクッと肩を落としてから力なく答える。


「よろしい。我々は君のことを歓迎するわ」

 

 俺の返答を聞いた桜宮は満足そうな表情で宣言した。



「アンチラブコメ倶楽部へようこそ」

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