第8話 ピンクは女子高生のイメージカラー

 当たり前のことではあるのだが、翌日にはいつもの日常に戻っていた。


 廊下で鉢合はちあわせた桜宮に会釈えしゃくをしたら目も合わさずに素通りされたし、イケメン俳優とアイドルのゴシップで盛り上がる水原にやかましいと文句を言ったら舌打ちされた。どちらも 負けず劣らずの塩対応。しょっぱさが目にしみて自然と涙がこぼれ落ちる。

やはり昨日の出来事は夢や幻のたぐいだったようだな。


 べ、別にラブコメ的な展開とか期待してたわけじゃないんだからねっ!

 とか授業中にセルフツッコミを入れるぐらいとっくに平常運転である。

 とめどないむなしさは久しぶりに妹以外の女子と話したことによる反動なのだ。

 きっと青い春における一種のアナフィラキシーショック。つまり彼女たちと再び会話を交わしたとき、俺氏は早すぎる死を迎えてしまうのだ。


 うむ。超絶どうでもいい。どうやらいつも以上に調子がいいらしい。

 そんな感じでなんやかんや過ごしていると、いつの間にか放課後になっていた。

 放課後の教室は好きだ。普段の騒がしさが嘘のように無機質な静寂せいじゃくに包まれる。たぶんそのギャップにかれて、きっと無意識に昔の自分と重ね合わせてしまうのだろう。


 好きと嫌いは紙一重。コインの表と裏のようだが、決して交わることはできない。

 おいおい。俺ってば、地味にしぶいこと考えてる。ハードボイルドすぎて自分でも意味が分からなくなってきた。

 

 まあ、いいや。どうせやることないし、ラノベの続きでも読んで帰るとするか。

 そう思って、机の中をガサゴソと探る。持ち帰るのを忘れたプリントだとか放置された教科書のせいでプチジャングル状態だった。片付けようと思った翌日には忘れるところが俺のチャームポイント。最終的には学期末にゴミ箱行きだ。


「あら? なんじゃこりゃ」


 しばらく探してみたがラノベは見つからなかった。どうやら家に忘れてきたらしい。

 代わりに見つかったのが花柄の封筒ふうとうだ。開け口はデフォルメされたハート型のシールで閉じられており、反対側には丸っこくて可愛らしい字で『花村くんへ』と書かれている。


これはまさか……ラブレターというやつか!


「ふごっふぁ!」


 混乱のあまり咄嗟とっさに変な声が出てしまった。

 ……これ本物なのか。まさか誰かのイタズラじゃねぇよな。

 冷静になって教室の中を見回すが、よくよく考えてみれば教室に残っているのは俺だけだった。

 他の真面目で模範的もはんてきな生徒諸君はとっくに部活動でパーリーナイトだ。要するにやつらは生粋きっすいのパリピということになるな。なにその新事実。


 ふっ。こよみは四月。季節は春。それなら俺にラブレターが届いてもおかしくない。

 謎理論で武装してからラブレターを開封することにしたものの、手がブルブルと震えてシールをがすのに五分ぐらい掛かった。いや、別に緊張しているわけじゃない。

 だってほら、シールとか綺麗きれいに剥がせたら気持ち良いでしょ。これはアレだから。すごく丁寧に剥がしたから余計に時間が掛かっただけだから。ちなみに剥がしたシールは額縁がくぶちに入れて飾って置く予定。素敵な思い出だけは大事にしたい。俺の青春はプライスレス。


 封筒の中には、手紙と写真がそれぞれ一枚ずつ入っていた。

 薄いピンク色の便箋びんせんである。ピンクは女子高生のイメージカラーだ。やはりこの手紙は女子高生が書いたとみて間違いない。

 写真は半透明のビニールで梱包されていて詳しくは確認できないが、うっすらと人影のようなものが見える。おそらく手紙の主が写っているのだろう。


 再び謎理論によって辻褄つじつまを合わせたところで、ゴクリとつばを飲み込む。

 胸の鼓動こどうがものすごい速度で高鳴っていくのを感じる。

 二つ折りになった便箋をおそるおそる開くと、封筒の丸文字とは打って変わって思わず見惚みほれてしまいそうな達筆たっぴつな文字でこう書かれていた。


『この写真をばらかれたくなければ部室にきなさい』

 

 サッと血の気が引いていく。

 胸の鼓動がさらに加速する。

 なにこの脅迫状きょうはくじょう。ちょっとおかしい。これ女子高生からのラブレターじゃないの?

 震える手でなんとかビニールを破り捨て、不安な気持ちを必死に押し殺しながら写真に目を通す。


 瞬間、あまりの衝撃に気絶しかけた。


「……なん……だと……」


 そこには全裸の外国人男性とニヤケ顔で抱き合っている『俺』が写っていた。

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