第6話 一生のお願いカードの出番

「お待ちなさい」


 サッときびすを返して、入口に向かって歩き出そうとしたところで、桜宮にガシッと右肩を掴まれた。


「頼む桜宮。『一生のお願いカード』を使うからもう俺に構わないでください」


「一冊あたり三〇〇〇円よ」


「今度はなんの話だ?」


「本を加工するのに必要な費用。知人の印刷会社に依頼しているから割安なの」


「……それがどうした? つーか、そもそも著作権ちょさくけんとか色々と問題だらけだろ」


「花村くんはこの部室に何冊あると思う?」


「……ざっと二百冊ぐらいか?」


 考えるのも面倒くさいので適当に答えたが、桜宮の話が本当ならば、それでもかなりの金額になる。一冊三〇〇〇円で二〇〇冊あるとして総額六〇〇〇〇〇円。高級店の焼肉が食えるじゃねぇか。

 コンビニの焼肉弁当を買って『叙々苑じょじょえんの焼肉食べたった(笑)』とか嘘をつかなくてもいいじゃねぇか。


「ハズレ。正解は千二百冊でした」


「死ね!」


 桜宮の回答は俺の予想を軽く三〇〇〇〇〇〇円ほど上回っていた。これ新車とか余裕で買える金額だぞ。嘘だよね。嘘だと言ってくれ桜宮。


「安心なさい。加工費用はすべて私のポケットマネーで賄っているわ。ああ、でも勘違いしないでもらえるかしら。私は財力を自慢したいわけではないの。これはアンチラブコメ倶楽部にとっての必要な経費であって、私にとっては普通に本を買うのと同じぐらい安い買い物なのよ」


「思いっきり自慢してるじゃねぇか!」


 もうスケールが大きすぎて話についていけないが、とりあえず桜宮がすごい金持ちってことはよく分かりました。土下座したら一〇〇〇円ぐらいは貰えそうだな。


「ふふっ。つまり部室の中にあるものはすべて私の所有物というわけなの。さて、そこで私から提案があるわ」


 そう言って、桜宮は不敵ふてきに微笑んだ。


「……どんな提案だよ?」


「花村くんにはこの部室にある本を好きなだけ借りていい権利を与えてあげる。それこそ公共の場では読めないような作品でも構わない。もしも花村くんが望むのであれば好きな本を加工してあげてもいいわよ」


「……俺の払う代償だいしょうは?」


「アンチラブコメ倶楽部に入部してもらう」


「シンキングターイム!」


 揺れた。思いっきり揺さぶられた。実のところ、さっき流し読みした本の中に、過激な性描写せいびょうしゃで超有名な『僕とおっぱい星人』という作品が含まれていた。

 ストーリーの八割がおっぱいの話という珠玉しゅぎょくの名作だ。

 カバーとタイトルが恥ずかしすぎて本屋で買うことができずに、両親に知られるのが怖くてネット通販でも注文できなかったという苦い記憶が鮮明せんめいに蘇る。つーか、ここに桜宮たちがいなければ、確実にパクっていたと自信を持って宣言しよう。


 だからこそ揺れ動いていた。人目を気にすることなくあの名作が読めるのなら、かなり魅力的で刺激的な提案だ。こんなチャンスは二度と訪れないかもしれないですね。


 しかしながらだ。落ち着け花村蓮太。これはどう考えたって罠だろう。甘い話には必ず裏があるように、この状況をありきたりなラブコメに置き換えれば、美少女の誘惑はまず間違いなく地獄の日々のはじまりである。

 要約すると地獄少女である。うん。なんかこう微妙にしっくりきた。


 まあ、結局、俺の答えは最初から決まっているわけだ。

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