第5話 僕の妹のパンツがこんなに大きくなるわけがない

 目が覚めると、僕の隣に天使が横たわっていた。

 これはあくまでも比喩ひゆ的な表現であって、実際に天使がいるわけではないのだが、この光景を目にした人間は誰しもが同じことを思い浮かべるだろう。


 天使の名前はサクラといって、この世で誰よりも愛おしい僕の妹だ。


 サクラはすやすやと寝息を立てていた。その動きに合わせて小さな胸の膨らみがかすかに上下している。

 サラサラの髪は金糸きんしのように黄金の輝きを放ち、美しい容貌ようぼうは当たり前のように周囲の注目を集めてしまう。まさに美の女神様がオーダーメイドで作り上げた至高しこうの芸術作品といっても過言ではない。


 僕の一日は純真無垢じゅんしんむくなる妹の寝顔を見ることから始まる。

 じっくりと色んな角度からサクラの寝顔を堪能たんのうしてから、彼女が目を覚まさないようにそっとほほにキスをする。それだけで気が付くと一時間は経過しているのだが、そのために毎朝早起きしているので問題ない。むしろ、僕としてはこの時間が永遠に続いたとしてもなんら苦痛ではない。


 僕が学校に行く準備をはじめる頃、サクラはようやく目を覚ます。

 目覚めの挨拶は決まってこうだ。


「おにいちゃん。きょうもねぼうしちゃった」


 僕はそんな妹をギュッと抱き締める。


「おはよう。僕の可愛い天使」


 恥ずかしそうに笑う妹に二度目のキスをしてから僕は制服に着替える。

 さっさとトランクスを脱ぎ捨てて、いつものように妹のタンスからパンツを取る。

 天気は晴れ。こんな日はファンシーなクマさんがプリントされたパンツにしよう。

 

 クマさんのパンツはサクラのお気に入りだ。たぶん僕が誕生日にプレゼントしてあげたからだろう。だからこそ、僕にとっても特別なパンツなのだ。

 クマさんのパンツを穿くと、ギュッと気持ちが引き締まる。

 

 事実、パンツが股間こかんに食い込んできて、僕の下半身は全体的に緊縛きんばくされていた。

 ああそうか。サクラも六歳になったのか。紙オムツを穿いていた頃が懐かしい。


「この食い込み具合を僕はきっと忘れない」


 そう心に誓った十五歳の夏だった。




「……これ『いもパン』じゃねぇかぁぁぁあ!」


 二ページまで読み終えてバシッと本を閉じた。


「あら。花村くんも『いもパン』を知っているの?」


「妹のパンツを愛する主人公とか『いもパン』のヒデヨシしかいねぇだろうが!」


 我が家でそんなことした日には速攻で勘当かんどうですわ。

 ちなみに『いもパン』の正式なタイトルは『僕の妹のパンツがこんなに大きくなるわけがない』といって、主人公が妹の成長に合わせて大きくなっていくパンツのサイズに日々苦悩くのうしながらも、異世界から現れる邪神族じゃしんぞくと世界の命運をかけて死闘を繰り広げるという割とシリアス展開の多いラノベだった。おい。これもう妹のパンツ関係ないだろ。


「まあいいわ。これが部活で使用する資料よ。察しの悪い花村くんでもさすがに分かってもらえたわね?」


 さも当然といった様子の桜宮。


「なにそれ? 本気で言ってんの?」


 洋書と思っていたらラノベでしたとか不意打ちすぎる。まるで美人ママと思っていたら中身はオッサンでしたぐらいの絶望的な違いだ。ソースはうちの母親な。ビールと枝豆が大好物だから。


 桜宮は露骨にガッカリした顔でため息をつく。なんかやたらと申し訳ない気持ちになるのは何故だろう。これが生まれついての負け犬のメンタリティなのか。俺、もっと自分に自信を持とうぜ。


「ちょっと待て。お前、資料は豊富に用意してあるとか言ったよな?」


「ええ。それがどうかしたの?」


「……ははっ……まさかな……」


 そう呟いて、俺は本棚に『いもパン』を戻すと、すぐさま隣の本棚へと移動する。

隙間すきまなく並べられた洋書の中から適当に一冊を抜き取り、最初の数ページに目を通してから元の場所へと戻す。そんな感じで何冊か読んでみると、本当にもうどうしようもない事実が判明した。


「……これ全部ラノベじゃねぇかぁぁぁあ!」


 ざっくりネタバレしておくと、装飾そうしょくは洋書みたいに偽装されているが、中身はまさかのライトノベルだったわけだ。エロ本の背表紙を少年誌の単行本の背表紙と交換する行為に通じるところがあるわけで、奇妙な背徳感はいとくかんに襲われてしまう。

 別に俺はそんな恥ずかしい行為は一度もしたことないけどな。まあ、アレだな。類まれなイマジネーションと刹那せつなのインスピレーションがそんなプレイを思いついてしまっただけの話だな。まさに創造性そうぞうせいの勝利。自分の才能が怖いわ。


 驚いたことにこの書棚には、有名どころのシリーズ作品をはじめ知る人ぞ知る系の超絶ちょうぜつマニアックな単発作品まで揃っていた。ラノベに人生を捧げたようなやからが見たら、たぶん狂喜乱舞きょうきらんぶするはずだ。傍目には相当アレな光景だけど。


「ふふっ。期待以上のリアクションだわ」


 パニックを通り越してドン引きしている俺を見ながら、勝ち誇ったかのように憎らしい笑みを浮かべる桜宮。いや、別に勝負とかしてないのに予想外の敗北感。話しかけられただけでバトルに発展するとか、道端でたたずむむポケモントレーナーかよ。こっちは気軽に話しかけたつもりが問答無用もんどうむようでバトルになるのがマジでつらい。

 つーか、ありったけの金銭を手渡すだけでバトルを回避できる近所のヤンキーのほうがまだ優しいからね。それに俺の支払った金は巡り巡ってユニセフだとか赤い羽根共同募金の一部になるのだから地球にも優しいよね。ポジティブシンキングは地球を救う!


「よし。今日はお疲れ様でした。俺、これから宿題しないといけないから先に帰ります」


 そんなわけで、大人しく帰ることにした。

 途中でヤンキーに遭遇そうぐうしないように祈ろう。

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