第4話 渾身のジョナサン立ち!!

 これはもしかしてアレか。彼女たちは特殊なスキルを持っていて、世界征服を狙う悪の秘密結社や異世界から出現する怪物と戦っている的な展開なのか。


 だったら水原のスキルは容易く想像できる。

 そのギャルっぽい言動によりターゲットを無条件にイラつかせて、冷静な判断力を奪い去るスキルに違いない。うむ。役に立つかは微妙だが、ギャルは色んな意味で微妙な存在だからそれぐらいがちょうどいい。


「うふっ。すべては世を忍ぶ仮の姿」


 桜宮はニヤリと不敵な笑みを浮かべて立ち上がると、左手を顔の前で広げながら右肩を少しだけ上げて、その綺麗な声で高らかと言い放った。


「私たちの本当の姿は『アンチラブコメ倶楽部』よ!」


「…………はあ?」


 部室がシンッと静まり返る。今日一番の思考停止状態。耳に飛び込んできた意味不明な言葉がまったく理解できずに、桜宮の披露した渾身こんしんのジョナサン立ちにツッコミを入れる余裕すらない。


 その前にアンチラブコメ倶楽部ってなんだよ。文法的に正しいのかよ。

 俺がドン引きしていることに少しも気付いていないのか、桜宮は不敵な笑みを崩さずに話を続ける。


「これで理解してもらえたかしら?」


「おい……あのな……なんだろう……一回整理していいか?」


「どうぞ」


「えーっと……その……アンチラブコメ倶楽部ってなんだ?」


「高校生活や日常生活で起こるラブコメ的な展開を回避するために、日頃からラブコメを研究しながら対策をこうじて、適切に対処するためのすべを学ぶことが目的のとても健全けんぜんな部活動よ」


 桜宮の説明は実に難解だった。おかげでさらに謎が深まったのだが、とりあえず健全な部活ではないことだけはハッキリしている。


「ラブコメを研究する?」


「そうね。主にラブコメ的な展開の是非について議論を行っているわ。そのための資料も豊富に用意してあるのよ」


「資料って……お前ら洋書を参考にラブコメ語ってんの? 偏差値へんさち高すぎじゃね?」


「ふぅ。君は本当におバカさんだわ」


 俺の発言がよっぽどお気に召さなかったのか、桜宮はやれやれといった表情で大袈裟おおげさにため息をついた。


「百聞は一見に如かずとはこのことね。そこにある本を読んでみなさい」


「だから洋書とか読めないってばよ」


「いいからさっさと言う通りにして」


「……ったく」


 強引な桜宮に促されて、本棚から適当に洋書を抜き取る。

 なんとか翻訳ほんやくできたタイトルは『老人と海』だった。洋書に詳しくない俺でもさすがに世界的なベストセラーぐらいは知っている。


「うふふふ。楽しみだわ」


 桜宮はニコッと眩しい笑みを浮かべた。

 なんかすごく嫌な予感がしたものの、せっかくなのでページをめくってみると、予想に反してそこに書かれていたのは、普段から慣れ親しんでいる日本語の文章だった。


 てっきり暗号みたいなアルファベットがずらっと並んでいるのかと思ったが、どうやら装飾だけ洋書っぽくして、中身はちゃんと和訳されているみたいだ。

 

 そこまで確認したところで、チラッと桜宮に視線を向けてみる。おい。やめろ。そんな期待に満ちた眼差しでこっちを見るな。分かったよ。読むよ。読めばいいんだろ。


 ぶっちゃけると『老人と海』には微塵も興味はない。

 だが、期待に応えてしまうのが花村家の流儀である。

 俺は渋々ながらも縦書きの活字を目で追いはじめた。

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