第3話 彼女は軽薄ビッチ系女子高生

「それなら話が早いわね。花村くんは今日から仲間よ。仲良くしてあげてね」


「はい。よろしくお願いします。って、おいコラ。勝手に話を進めるな」


 なにも説明されてないのに入部することになっていた。さらに俺の同意もなし。桜宮の行為に軽く狂気すら感じる。


「すでに察していると思うのだけど、花村くんにはこの部に入ってもらうわ」


「察してないから。ついでに俺の同意は?」


「必要かしら?」


「当たり前だ!」


「ふう。仕方ないわね」


 桜宮はやれやれといった様子で腕を組む。


「花村くんのことを適材だと判断したのよ」


「……適材ってどういうことだ?」


「学業は中の下ぐらい。運動神経もそれなりで、ルックスも悪くない。それなのに友達が一人もいないでしょう。立派なボッチの体現者たいげんしゃだわ。ライトノベルの世界から飛び出してきたような存在じゃない。もちろん冴えないキャラという意味よ。もう本当に素晴らしいぐらいに典型的なボッチ学生だと思うの」


「サラッと俺のことバカにしてるよね?」


 俺的には桜宮のほうがよっぽどラノベに出てきそうだと思うのだが。黒髪ミステリアス美少女とか難聴系主人公よりも需要ないだろ。


「ハルっち、そいつの相手してるとバカがうつるよ」


 水原の余計な一言。なにこの女。喧嘩売ってんの?


「そこのクソビッチは黙ってろ。マジで口を挟むな」


「あんたに言ってないし」


「これだから近頃のギャルは困る。空気も読めないのかよ」


「はあ? 死ねば?」


「お前が先に死ねよ」


 水原は露骨ろこつにイラついていた。うむ。いい感じである。このままストレスを与え続けて肌荒れの原因を作ろう。俺ってば反撃が陰湿いんしつすぎる。


「やれやれ。無粋ぶすいな喧嘩はそこまでにしてもらえる」


 見かねた桜宮が仲裁に入った。呆れた顔が超クール。

 ったく、無駄に期待させるのも悪いし、ちゃんと断っとくか。


「なあ、桜宮。この際だからはっきりと言っとくが、俺は部活動なんてくだらないモノに無駄な時間を使いたくないわけ。学校という名の監獄に半日近くも拘束されるとか本当に勘弁して欲しいわけよ。まあ、俺の青春は安くないってことだな。今のとこ花村クイズに出題されるからしっかりメモっとくように」


 なんと花村クイズに正解した女子には豪華報酬がプレゼントされちゃいます。気になるその内容は『花村蓮太と一日デート券』でした。はい。これ誰が欲しいの?


「灰色の青春がそんなに大事なの?」


「おい。発言に気を付けろ。お前が思っている以上に人は傷つきやすいからな」


「うふふ。驚いたわ。花村くんは言動までライトノベルの登場人物なのね」


 桜宮が感心したように頷く。


「お前……絶対バカにしてるだろ。なんかもう端々から伝わってきてるぞ」


「あら。知らないの? 賛辞さんじと酷評は紙一重なのよ」


「それってSとMを極めた危ない人間の発想だからね。俺、ノーマルな人間だからもっと優しくしてください」


「どうでもいい話ね」


「はい。そうですね」


 訂正。桜宮のこと無口でミステリアスな美少女とか思っていたが、この女は正真正銘のサイコ野郎のようだ。


「素直でよろしい。早速だけど入部届に必要事項を書いてもらえるかしら? 顧問の先生には私から提出しておくわ」


「俺の意思は完全に無視かよ。つーか、最初に言っとくけど、俺は英語とか微塵みじんも興味がない日本男児だぜ。いい加減に諦めろ。きっと他にも素敵な出会いが待ってるさ」


「ふふふっ。花村くんはこの部について大きな勘違いをしているようね」


 桜宮はバカにした感じで笑った。いつもならイラッとするとこだが、彼女の笑った顔が想像以上に綺麗だったので許してやろう。頼むからずっと笑っとけ。


「入口のプレートに『アメリカンランゲージ倶楽部』って書いてあったし、ここは英語を勉強する部活じゃないのか?」


「浅はかな考えね。花村くんは表面上の事象しか見ないから分からないのよ。その矮小わいしょうな頭脳でよく考えてごらんなさい。水原さんのような軽薄ビッチ系女子高生が文化系の部に所属する理由はなに?」


「ちょっ! ハルっち! アタシのことそんな風に見てたわけ?」


「落ち着きなさい。あくまでも例え話よ」


「そ、そっか……それならいいけどさ……マジでビックリしたし」


 水原が不服そうにプクッと頬を膨らませる。ギャルが萌える仕草をしても全然キュンとしないことがよく分かりました。そもそも桜宮に対して従順じゅうじゅんすぎるだろ。お前、いつもの狂犬スタイルはどこいったんだよ。調教されたわけ?


 さて、問題は桜宮の問いかけだった。表面上の事象。軽薄けいはくビッチ系女子高生。文化系の部活動。この三つの単語を軸に思考をフル回転させて、たった一つの答えを導き出す。


「えーっと……そうだな。ギャルは金髪の外国人とか好きだろ。要するにその手の連中とアダルトな関係を築くために英語を学んでいるわけだ。ったく、ギャルは尻軽すぎて軽蔑けいべつしちまうぜ。もっと自分を大事にして欲しいよね」


 俺の推理に隙はなかった。まあ、金田一少年を全巻読破しているからこれぐらい造作もないことである。ちなみに最初から真犯人の正体とかトリックをネタバレして読み始めるスタイルだから、自分で推理したことは一度もない。なにこの圧倒的な矛盾。


「花村……調子に乗るなし……死ねよ」


 水原のリアクションがすべてを物語っている。華麗な推理によって核心をつかれたことに動揺しているのだろう。無様な敗者の姿はいつだって醜いものだ。

 勝利の余韻よいんに浸っていると、桜宮がパチパチと力なく拍手をした。


「残念。ハズレよ。ここは英語を勉強するための部活ではないわ」


「そうか。だったらドアのプレートを取り外して学校に返却しろ」


 つーか、ハズレなら拍手するなって。一瞬、「俺、名探偵なのか?」とか無駄に勘違いしちゃったし。軽くガッツポーズしちゃったし。


「それはできないわ。この『アメリカンランゲージ倶楽部』は私たちの本当の活動内容を隠匿するために用意した仮の姿なの」


「本当の……活動内容?」


 桜宮の言葉に思わず胸が高鳴った。

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