第53話 無能の人

1991年の日本映画です。


タイトルからは、とぼけた感じ、ふざけた内容を想像する方がいらっしゃるかもしれない。


確かに主人公のメンタリティには笑っちゃうようなところもある。


しかし、私はこの映画を観て、やはり自分は結婚したい、結婚しよう、と心に決めた、私にとっては心の記念になる映画なのです。


原作は知る人ぞ知る、つげ義春の漫画で、かなりの部分、原作を忠実に映像にしている。


監督は竹中直人さんで、これが監督第1作とは思えない、卓越した、個性あふれる出来栄えで、パンフレットでは蓮實重彦さんも彼を絶賛していた。


主演を兼ねた竹中直人さんがいいし、妻の役の風吹ジュンさんが、とてもいい味を出している。


端役の三浦友和も、友情出演の、井上陽水、本木雅弘、蛭子能収、つげ義春自身に実の奥様、泉谷しげるなどなど、どこに出ているのか探すだけでも楽しい。



さて、物語は、多摩川の河原で石を売る男の話で、石にはそれぞれ「孤舟」とか、「雲」などの名前が付いている。


通りかかった熟年夫婦が、「こんなどこにでも転がっている石に、金を出す人がいると思うかね」というと、男は「そこに転がっている石と、ここに並べてある石と、同じに見えますか?」と言って石について真面目に語る。

彼は本気なのである。


幼い子供と妻を伴って、山梨までいい石を探しに行ったり、それを老人ばかりの石のオークションに出品して儲けようと目論んだりするが、うまくいかない。


もともと時代に取り残されただけである漫画家の主人公は、再びペンを握り、作品作りに没頭するが、出来上がった作品は没になってしまう。


妻がかろうじてチラシ配りで僅かな金を稼いでいるが、もう生活は立ち行かない。

男も必死なのである。


しかし妻は、そんな男と道ですれ違っても言葉も交わさないほど、2人の関係は冷え切っていた。


男は追い詰められていた。

男は多摩川で渡し船をやろうと決める。

こちらの岸からあちらの岸まで、人を背中におんぶして濡れないように川を渡ってやり、代金は100円である。


男は、この商売を必死にやる。

子供は父ちゃんみっともないと言って悲しむが、そんなことにかまっていられない。


男は必死だった。


黄昏が近づき、男がきょうの売上金を数えて家路に着こうとした時、ふと見ると、迎えがいた。

妻と子であった。


男は妻とそっと手を握る。

3人手を取り合って、暮れてゆく川原を家路に着くのであった。


どんなに辛い時でも手を握れる人がいる。

どんなにいがみ合っていても、互いに手をとり合うことができる。

これを観て、結婚って、なんて素晴らしいのだろうと、若い私は本気で思ったのだった。


ベネチア国際映画祭、国際批評家連盟賞受賞。

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