第18話 気分転換です

 夜十時過ぎ。

夕食と風呂を済ませた僕は、自分の部屋にあるベッドに寝転がり、文庫本を開いていた。中身は今日駅前の本屋で買った、みゆりおすすめラノベの一冊。ミステリーとはいえ、幽霊やストーカーが出てくるなど、作品全体として暗い印象のものだ。

半分くらいまでページをめくったところで、横に置いていたスマホが震えた。

画面に目をやれば、みゆりからメッセージがあった。

「起きてますか?」

 僕は何だろうと思いつつ、「起きてます」と返信をする。

「夜更かしする気ですか?」

 いつもの冷たい言葉。僕は読んでいた文庫本にしおりを挟んで閉じ、スマホを操る。

「そのつもりはないけど」

「なら、もう寝る時間です」

「いや、直人もまだ起きてるはず」

「ここでお兄ちゃんは関係ありません」

「まあ、みゆりが言うなら」

「適当な返事ですね」

「ごめん」

「そんなことで謝らないでください」

 何だか会って話す時と変わらないような。僕が思わず乾いた笑いを浮かべていると、みゆりから、「読みましたか?」という質問。

「教えてもらったおすすめの?」

「そうです」

「今読んでる途中だけど」

「遅いですね」

「いや、今日買ったばかりなんだけど」

「言い訳です」

 みゆりの鋭い返信は続く。というより、今は暇なのだろうか。

「今、何してるの?」

「気分転換です」

「勉強?」

「小説を書いていました」

 みゆりの答えに僕は首を傾げる。

「小説書くの嫌いなの?」

 送ってみるも、今度はすぐに返事がなかった。もしかして、まずいことを聞いてしまったのか。時間が経ち、謝罪の言葉でも打とうとしたところで。

「そうですね。嫌いかもしれないです」

 まさかの肯定。僕のことを試しているのだろうか。安易に同意をしたりしたら、急に冷たくあしらわれる展開になるかもしれない。

「どうして?」

「理由を聞くんですか」

「何となく」

「何となくですか」

 メッセージがあってから、しばらく間が空く。みゆりはスマホの前でため息をついてるかもしれない。僕に呆れたりして。

「わたしを虜にするからです」

「えっ?」

「その反応はわたしをバカにしてますか」

「いや、そうじゃなくて」

 僕は途中で詰まり、考え込む。そして、思い浮かんだ言葉で返信をする。

「それって、好きってことじゃないの?」

「そうとも言います」

「じゃあ、好きなんじゃ」

「でも、虜にさせて、こうして、透先輩とSNSすることで気分転換しないといけないほど、切羽詰まったりさせるので嫌いです」

「そうなんだ」

 僕はただ、内容にうなずくしかない。小説を書くのって、大変なのかもしれない。って、これから書かなきゃいけない僕も同じ目に遭うということか。

「さて、そろそろ戻ります」

「どこに?」

「小説を書くことにです」

「今日中に最新話をアップしようかと思ってますので」

 みゆりは連続のメッセージを送りつけた後、反応がなくなってしまった。きっと、スマホから離れ、小説を書く手を再び動かしたのだろう。

「何だか、こうしてると、自分も書かないといけなくなるような……」

 僕は言いつつ、寝転がっていたベッドから起き上がる。

 そばにはしおりを挟んだままのラノベが一冊。

「でも、まずはとりあえず、これは読んでからにしよう。うん、そうしよう」

 僕はスマホを置き、再び文庫本を手に取り、読み始める。

 明日、みゆりに読み終わった感想を伝えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る