第16話 曖昧な答えですね

「遅いです」

 先週と同じ校門前で待っていたみゆりは、強い語気で僕の方へ正面を向けてきた。うん、僕のことをかなり嫌ってるな、みゆりは。

「お兄ちゃんはまた補習ですか?」

「まあ、そうみたい」

「お兄ちゃんが心配です。そうですよね?」

 問いかけてくるみゆりに対して、僕は躊躇せずに首を縦に振る。

 お互いに歩き始め、学校から離れるも、しばらくの間は無言の時間が過ぎていった。

「透先輩は小説、どうですか?」

「どうって、まあ、ボチボチ」

「曖昧な答えですね」

「すみません……」

「別に、謝ることじゃないです」

 淡々とした調子のみゆりに、僕は不安を抱かざるを得なかった。もしかしたら、僕が小説を書く趣味なんかないことを既にわかっているのではないかと。

「そのう、みゆりは」

「何ですか?」

「小説とか書いたりしてるの?」

 僕の問いかけに、みゆりは足を止めた。

「何で、そう思うんですか?」

「いや、僕は何となく聞いてみただけで」

「書いていたら、透先輩はどう思うんですか?」

「どう思うって、それはまあ、すごいなあって」

「書いてるだけですごいと思われるなら、誰だってすごいです」

 みゆりの声は刺々しさがあり、僕はまずいことを発したのではないかと悔やみたくなった。

「その、ごめん」

「謝らないでください。透先輩は当たり障りのないことを言うから、そういう風になるんです」

 みゆりは言うなり、再び足を動かし始める。揃って止まっていた僕も遅れてついていく。

「わたしも小説を書いてます」

「そう、なんだ」

「内容は誰にも教えないです。自分が好きで書いてるだけですから」

「でも、僕には『書き上がったら、読ませてください』って」

「それとこれでは話が違います」

「僕はそうとは思えないけど……」

「それは、透先輩はわたしの小説を読んでみたいってことですか?」

 みゆりは真剣そうな眼差しを僕の方へ送ってくる。適当な返事をすると怒られそうな雰囲気だ。

 僕は間を置いた後、ゆっくりと首を縦に振った。

「その、僕が小説を書き上げたら、交換条件ってことで」

「交換条件ですか」

 みゆりは口にした後、「そうですね」と言葉を続ける。

「透先輩は『ヨムカク』のアカウントはありますか?」

「『ヨムカク』って、投稿サイトのひとつだったよね?」

「その反応ですと、アカウントはなさそうですね」

「ごめん」

「また謝らないでください。なければ、アカウントを作ればいいんですから」

 みゆりは言うと、ちょうど横断歩道に差しかかったところで足を止める。信号は赤で、交わる県道は車が次々と左右から走り去っていく。

「わたしはそこに書いてる小説を投稿しています」

「そうなんだ」

「透先輩が小説を見せてくれる時には、わたしのそのアカウントを教えます」

「それが交換条件っていうこと?」

「そうです」

「わかった。それなら、僕も同じ形式の交換条件ってことで」

「アカウントを作るんですか?」

「まあ、うん」

「そうですか。それなら、作品が途中でも構わないです。随時更新していくつもりがあるならです」

「随時更新?」

「連載小説的なものです。いきなり完結した作品を投稿するのではなくて、少しずつ話を追加していく感じです」

「みゆりはその形式で書いてるってこと?」

「そうですね」

 答えるみゆりは、なぜか頬をうっすらと赤らめていた。おそらく、こういうことを他人に打ち明けるのは初めてらしい。

「お兄ちゃんにもこういうことは教えていないです」

「僕が小説を書いてるからってこと?」

「いえ。小説を書いてるかもしれないからです」

 みゆりの声に、僕は自分が趣味を持っていないことをまだ疑われているんだなと思った。となると、やはり、自分が書いた小説なるものをみゆりに何らかの形で見せないといけない。

「僕は、小説を書いてるよ。ただ、人に見せられるものかどうか恥ずかしいだけで」

「それはわたしもはじめは同じでした。ですけど、投稿することで、色々な人から反応やメッセージをもらったことがすごい刺激を受けて、おかげで今はそれをモチベーションに小説を書き続けています」

 みゆりが話し終えたところで、信号が青になり、お互いに足を動かし始める。

「でも、ネットに投稿することを無理にする必要はないと思います。自分が好きな時に好きな形式で書けばいいだけですから」

「でも、みゆりに見せることになるってなると、そういう風にはいかないような気がしてきて」

「むしろ、そういう風に意識して書かれると、透先輩の小説じゃなくなる気がしてきます」

「そういうものなの?」

「ただ、わたしがそう思ってるだけです。別に、透先輩にこういう風に書いてくださいとか、指定するようなことをわたしはしたくありません。わたしは純粋に透先輩の小説を読んでみたいだけなんです」

 みゆりは言い終えると、目を逸らし、黙り込んでしまう。内心で秘めていたことはすべて伝え切ったといったような感じで。

 僕は耳のあたりを指で掻きつつ、頭を巡らす。

「とにかく、頑張ってみる」

「当たり前です」

 みゆりは顔を向けず、ぶっきらぼうに声をこぼす。相変わらず、みゆりは僕に対して、冷たい反応だ。

「ところで、透先輩」

「何?」

「透先輩はどういう小説を書こうとしているんですか」

 みゆりの質問は、もはや、僕が小説を書いていないこと前提の内容になっていた。自分で突っ込みをするわけにもいかず、僕は聞き流す形で答えを探る。

「ジャンルとかってこと?」

「そうです」

「言うなら、その、ラノベとか」

「そうですか」

 みゆりは淡々と相づちを打つだけでそれ以上話を膨らませようとしなかった。てっきり、ラノベのジャンルとかを教えてくれるのかと思ったけど。

 お互いにしばらく沈黙をした時間が流れ、やがて、いつも別れる十字路に差しかかった。

「それでは、透先輩。さようなら」

「あっ、うん。さようなら」

「ラノベでおすすめの本、今度教えますから」

 みゆりは去り際に言い残すと、背を向けて、僕から離れていった。どうやら、直人からSNSでメッセージをもらったのかもしれない。

 僕はみゆりへ手のひらを軽く振り、「ありがとう」と返事をした。対して、みゆりは特に動きもないことから、耳に届かなかったかもしれない。または、聞こえぬフリをしているだけかもしれない。

 どちらにしても、みゆりはラノベでおすすめの本を教えてくれるはず。

 ただ、問題なのは。

「つい、ラノベとか言ったけど、本当は書きたいジャンルとか、ないんだよな……」

 僕はため息をつき、みゆりにまたウソをついてしまったことを悔やんでいた。

 当たり障りのない言葉で場を乗り切るのは、時には代償を伴うというものなのだろう。

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