戦闘狂たち

 キンッ、と高い金属の音が響く。二区に住む人間にとっては馴染み深い、戦いの音だった。銃声が聞こえてこないということはお互い接近戦タイプ。さて剣かナイフか、はたまた肉体か。知っているものが戦っているのなら野次を飛ばしてやろうと、音の発生源へと人が集まり出す。

 その光景も珍しいものではない。戦うことが好きな二区の住人は、同時に戦いを見ることを好む場合が多く、戦闘の横で賭け事が行われることだってある。興奮した野次馬が突っ込んで、場がめちゃくちゃになることもあるが、それも二区らしい日常だった。


 さて今日の戦いは誰だろうか。そう思って集まった野次馬たちのほとんどが、たどり着いた戦場で言葉を失った。

 戦っていたのは二人の男だった。似たようなパーカーを着て、片方は刀で、片方は足技で戦っている。目で追うことは可能だが、脳で「何が起きているか」を処理し、理解するのが間に合わない。そんな戦いだった。

 このコンコルディアでもなかなか見られない、ハイレベルな戦闘だといえるだろう。だが、野次馬たちが言葉を失った理由はそこではなかった。


「疾ッ!」


 日本刀が勢いよく振り下ろされた。素早いが力強い太刀筋。まともに当たれば、腕の一本を持っていかれてもおかしくないと遠目にも理解できる。

 相手もそれを察したらしく、地面に着いた手をばねにして後ろへと跳び退いた。剛ッ、と風を斬り裂いて振り下ろされた刀が、落ちていた瓦礫を粉砕する。飛び散った破片が野次馬のひとりに直撃するが、誰にもそちらを気にする余裕はなかった。


「なんだよ、アイツ……化け物か……?」


 誰かがそんな言葉を吐き出す。男たちの戦いはどちらも譲らず、まさに一進一退といった様相を見せていた。それがどんなにおかしなことかを、野次馬たちは理解している。


「将軍と渡り合って……いや、将軍で遊んでやがる、アイツ……!」


 日本刀を振り、歪な笑顔を浮かべるのは《災いの死神メルム・モルス》の将軍マサムネ。戦闘狂たちをその力で抑え込み、第二区を今の形にした最強と名高い男だ。

 意味が分からない強さが人の形を取ったような存在。そう言われる彼が、刀を抜き、全力で戦っている。それでもなお相手を殺せないというのだから、当然相手も恐ろしいまでに強いということになる。

 そもそも、マサムネが刀を抜くことが異常なのだ。二区で、あるいはコンコルディアで、彼に刀を抜かせられる人間は何人いるだろうか。おそらく、その数は片手を超えても二桁にはならない。


「ありゃナンバーゼロじゃないか。生きてたのかよ」


 ぼそりと誰かが言い、ナンバーゼロ、という単語がゆっくりと伝播していく。疑問と驚き。二通りの反応が見られた。

 ざわめく野次馬たちを置いて戦闘は続く。笑顔を浮かべたゼロが強く地面を蹴って宙へ。体勢を変えて金属でできた右足を振り下ろす。

 落下の勢いを利用したそれをマサムネは刀で受け止めた。左手は刀身に添え、そのまま前へ押し出す。ゼロの力が緩んだどころで思いっきり刀を振って、両者の距離は再び離れる。


「ッ!」


 だがその距離も一瞬でなくなった。ゼロが再び駆け、重心をわずかにずらしてマサムネの左手側、刀を持たない方へと回る。マサムネが反応し身体を動かすよりも早く、右足を軸とした回し蹴りが繰り出された。


「――!」


 左手を盾に直撃を避けようとするが間に合わない。蹴りの衝撃で重心がブレて身体が揺れる。それを見逃すような相手でもない。軸足を左に変え、右足での蹴り。鋭いその一撃でマサムネの身体は吹き飛ばされる。

 ざわりと空気が揺れる。轟音。瓦礫に突っ込んだマサムネの身体は、土埃のせいで視認できない。野次馬たちに衝撃が走った。それでもゼロの表情は変わらない。


「不ッ」

「やっぱりね」


 ゼロが口笛を吹いた。視線の先には刀を構えて立ち上がったマサムネがいる。ぎらついた瞳。頬が切れて血が流れているが、それ以外の損傷は見られない。うまく受け身を取ったのだろう。


「さすがマサムネだね」

「はっ、あんたもな。外は面倒な決まりが多いだろに、どうやってその強さを保った?」

「意外と遊んでくれる人は多いぜ」


 にぃとゼロが笑う。マサムネも笑って「そりゃあいいな」と言った。


「外も捨てたもんじゃねえってか」

「思ったよりは、ね。マサムネレベルとは縁がなかったけど」


 そんな簡単に将軍レベルと出会えても困る。誰もが声には出さずそう思った。いくら戦闘狂の集まりとはいえ、規格外が外にもいると聞いて喜ぶのは一握りの変人だけだ。


「へェ、じゃあ10年ぶりに俺みたいなのと戦うってことだ。いいぜ、今日こそ勝ってやる。10年前より俺は強くなってるってことみせてやるよ」

「はは、それは楽しみだ。……僕だってまだマサムネに負けてやる気にはなれないぜ?」


 お互いが好戦的な笑みを浮かべた。体勢を低くし、大地を蹴るのはほぼ同時。けれども素早さを武器とするゼロの方が距離を詰めるの早い。マサムネの後ろへと回り込み低い体勢のまま相手の足元を狙う。

 それを予測していたのか、あるいは本能か。マサムネが身体を回転させ斜めに刀を振った。ゼロの左肩から右足に向けて、切り落とすというよりは斬り裂くための攻撃。マサムネにしては珍しく力よりも速度を優先した一撃だった。


 いける、とマサムネは思った。致命傷にはならないかもしれない。だが、この攻撃は届く。

 だが。


「――ッ」


 予想は外れる。ゼロは攻撃を繰り出そうとする不自然な体勢から、地面を転がるようにして刀を避けてみせた。


(かすりもしねェ!)


 そこで笑みが零れるのがマサムネだ。面白い、と思ってしまう。


(しかもゼロ、これで異能を使ってねェんだから、ホントおかしいぜ)


 義足なんてハンデにもならない。そう言わんばかりの動きを見せるゼロだが、身体強化などの異能は使っていない。彼の異能がそういったものではないのだから、使えないという方が正しいか。


(まァ、使われたら困るんだけどよ)


 異端者とナンバーゼロは名乗る。その呼称に相応しく、彼の異能は規格外だ。もし本気で使われたなら、一瞬でマサムネの負けが確定するだろう。

 それをズルいとは思わない。マサムネはゼロが異能を手にした経緯を知っているし、彼の異能に助けられたひとりでもある。

 規格外の異能でも、ズルい異能ではない。その違いを説明しろと言われると困るのだが、それがマサムネの感覚だった。


 ただ、戦闘に持ち込まないでほしいというのも真実なわけで。


「おいゼロッ! ピンチになったからって異能はなしだからな!」


 少しでも長くこの戦いを楽しみたい。そんな思いで、マサムネは叫んだ。

 戦いは、まだしばらく続きそうだった。

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