Ⅳ 赤鬼

 広い橋のど真ん中に、一体の鬼が立っている……。


 サイズは普通の人間と同じ身の丈だが、そいつが他の鬼と明らかに異なっていることは一目見ればわかる……顔や腕、露出した部分の肌が赤いのだ。


 それに、裸体の他の鬼とは異なり、虎柄の腰巻とマントを羽織って、黒く太い金の棒を王笏のように突いている。


 この時代の人間ならば、そいつがなんであるかをよく知っている……星の数ほどいる鬼の中でも数体いるかいないかという超希少種、他のどの種類の鬼よりも身体能力、再生能力が高く、そして高い知性をも持った鬼の王のような存在……〝赤鬼〟である。


「諦メロ、人間。コノ戦、貴様ラニ勝チ目ハナイ」


 その赤鬼が朧げに光る黄色い目で俺達を見据え、よく通る不思議な声でそう告げる。


「クソ! なんでこんなとこに赤鬼が……そうか、凍り鬼に手つなぎ鬼……ここは、あいつの縄張りだったってことか……」


 今さらながらではあるが、俺はそのことに思い至った。


 俺達は知らぬ間に、食い物のあるいい場所どころか最も危険な場所へ足を踏み入れてしまっていたのだ。


 船まで行ければなんとか逃げ切れるかもしれないが……この状況でネジコと二人、両方が助かることはまず不可能だ……ならば、せめてネジコだけでも助けてやりたい……。


「いいか、ネジコ、よく聞け。俺があいつを引きつけてる間に、おまえはあそこまで行って船を出す準備をしてくれ」


 赤鬼に対して小銃を構えながら、俺は小声でネジコにそう伝える。


「え、そんなの危険だよ! それじゃダンジが……」


「大丈夫だ。俺に策がある。船が出たらすぐに飛び乗るから心配するな。時間がない。急げ!」


 それを聞いたネジコは不安そうに可愛らしい眉根を寄せるが、俺は続けてそう告げると、彼女を安心させようと努める。


「う、うん。わかった。約束だよ! ぜったい一緒に逃げるって!」


 その言葉をどうやらネジコは信じてくれたらしく、真剣な眼差しで俺に釘を刺すと、眼下の河岸目指して一気に駆け出した。


「貴様の相手は俺だあっ!」


 それと同時に、俺は赤鬼めがけて小銃弾をこれでもかと浴びせ始める。


「無駄ナコトヲ。マサニ無駄弾ダナ」


 だが、そんなもの赤鬼にはまるで効果がない……赤鬼は恐ろしいまでの反応速度と身のこなしでそのすべてを避けているのだ。


「ああ、そんなのわかってるさ……」


 とはいえ、そんなことは百も承知の上だ。ネジコが船を出すまで、こちらに気を引きつけておければそれでいい。


「ダンジ〜! 準備できたよ〜!」


 と、そうこうする内に河岸からはネジコのそんな声が聞こえてくる。


 見れば、船の縄を解いてエンジンをかけ、その船尾に立って手を振っている。


「ナルホド。ソノタメノ囮ダッタカ…」


 しかし、それに気づいたのは俺だけではない。赤鬼も河岸に目を向けると、船を見てそちらへ向かおうとする。


「させるかよ! おまえの相手は俺だあぁぁぁ〜!」


 俺はやたらめったら小銃を放ち、その足留めをしながら対象へと突撃してゆく。


「バカナヤツダ。自ラ死ニニ来ルトハ……」


 俺のその行動に再びこちらへ意識を向けた赤鬼は、その鋭い爪の生えた筋肉質の赤い手で突進する俺を掴みにかかる。


 しめた! 俺はこの時を狙っていたのだ。


「ああ、バカさ。バカにでもならなきゃ死の恐怖に打ち勝てないからな!」


 赤鬼に掴まれた俺は、そんな皮肉を口にしながら懐に隠したプラスチック爆弾を赤鬼に見せつけてやる。阿佐ヶ谷で拝借しておいたもう一つの虎の子・・・だ。


「マサカ、貴様…」


 俺の意図を悟り、慌てて突き放そうとする赤鬼に俺はがっしりと抱きつく。


「ネジコ……俺達の分まで生きろよ……」


 そして、最後にネジコのいる河岸を向いてそう呟くと、爆弾の起爆スイッチを躊躇なく押した――。



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