Ⅳ:手つなぎ鬼

 ……だが、その時。


「……ん? な、何?」


 突然、空が曇ったのか辺りが広く影に覆われ、ネジコが不思議そうに呟いた。


「なんだ? ……なっ…!」


 同じくヨシカズも首を傾げ、皆同じ動きで背後を振り向くと、俺達は一人残らず目を見開いて絶句した。


 そこにいたのは雲を突くように巨大な、薄黄色の肌をした鬼だった。その身の丈はゆうに二階建て建物くらいはある。


 しかも、よく見ればその体は一つの鬼のものではなく、幾体・・もの鬼が絡まるようにしてできあがっている……。


「こ、こいつ、まさか、手つなぎ…んぐぅ!」


 小刻みに震える瞳でそれを見上げ、途中まで言いかけたヨシカズが、その巨体からは想像もできない速さで繰り出された丸太の如き五指に掴まれ、そのまま上空へと持ち上げられる。


 やはり、付近にいたのは凍り鬼だけではなかったのだ。しかも、こんな巨大で、これまた厄介な新種の鬼が潜んでいようとは……。


 こいつも突然変異で近年生まれた希少種〝手つなぎ鬼〟である。


 もともとは通常サイズの鬼であるが、こいつの持つウィルスに感染すると、ああして元の一個体を中心に融合し、どんどんと巨大化してゆくのだ。


「ヨシカズ! 待ってろ! 今助けてやる! ……く、クソ、弾切れか……」


 俺達は咄嗟に小銃を構えて巨大な鬼を銃撃しようとするが、凍り鬼を滅するために専用弾を撃ち尽くしてしまったらしい。


「ギィエエエエーッ!」


「うぐぁっ! ……い、いやだぁっ! お、俺は鬼なんかに……な、なり……た……」


 そのわずかな遅れが命取りとなり、鬼の大きな口で頭から嚙りつかれたヨシカズは、両の目から血の涙を流しながら最期の叫びをあげて事切れる。


 すると、見る間に彼の体は手つなぎ鬼に吸収されてゆき、すぐにそれと一体化してしまった。


「バッカ野郎っ! おまえまで何やってんだよ! 痛くても恨むんじゃねえぞ!」


 怒りと悔しさに怒号をあげ、通常弾の弾倉マガジンに換装したイノウは、ヨシカズと合体した手つなぎ鬼を銃撃し始める。


「こ、このデカブツがあっ! く、来るんじゃね! …うぁあああっ! ぐほっ…!」


 だが、敵は巨大すぎた……通常弾では肉を弾き飛ばしても微々たるダメージであり、何事もなかったかのように襲い来る手つなぎ鬼に捕まったイノウも、骨ごとバリバリと喰われる端から残った体が鬼の一部と化してゆく。


「だ、ダメだ……に、逃げるぞ! ネジコ!」


「う、うん……」


 最早、仲間の死に衝撃を受けている暇すらない……わずかでも行動が遅れれば、次にああなるのは自分達なのだ。


 迎撃は不可能と判断し、残ったネジコに声をかけると頷く彼女とともに俺は走り出した。


 なりふりかまわず、全速力で狭い通りを走り抜けた俺達は、提灯の残骸を乗り越えて大通りへと出る。


 瓦礫の転がったあの細い路地ならば、巨体の手つなぎ鬼は速く移動できないはずだ。多少なりと時間稼ぎができるだろう……。


「急げ! ネジコ! 川の方へ走るんだ! 船があるかもしれない!」


 斜め後を走るネジコに、俺は半分だけ顔を振り向かせてそう思惑を告げる。


 ここが浅草なら、この大通りの向こうにあるのはおそらく隅田川であろう……だとしたら、屋形船とか水上バスとか、なんかどうか船があるかもしれない。


 うまいこと船が見つかれば、それに乗って逃げることができる。


「…ハァ……ハァ……よし! いいぞ! あれに乗り込め!」


 大通りをひた走り、橋の袂までたどり着くと、見下ろした河岸には放置されて屋根の苔むした、一艘の屋形船が係留されている。


 世界がまだこんな状況になる前からあるものだと思われるが、係留のロープが切れないでいたことに感謝する。あとはエンジンがちゃんとかかればよいのだが……。


 しかし、俺達の幸運はそこまでだった……。

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