Ⅲ:凍り鬼

「さあて、次はどんなうめえもんにありつけるかなあ……」


「……ん? おい、どうしたんだよ?」


 意気揚々と先頭を進んでいたイノウが不意に足を止め、その背中にぶつかった俺は訝しげに問いかける。


「み、見ろ。あれ、ガラクタなんかじゃねえ……」


 すると、イノウはゆっくりと指を前方に伸ばし、そこに転がる店舗の残骸を俺に指し示す。


「…ん?」


 それは、何やらキラキラと光を乱反射させている大きな塊だ。


 さっきから目には入っていたが、たぶん壊れた店舗から落ちた看板か、ガラス窓か何かだろうとずっと思い込んでいたのであるが……いや、そうじゃない。


 それは、人の形をしている……四つん這いに丸まった人間が、そのまま氷のように固まってしまったような印象を受ける代物だ。


「み、見て! 一つだけじゃない! そこにも、あっちにもたくさんあるよ!」


 俺の背後についていたネジコも、イノウに続いてあちこち指差しながら突然声をあげる。


 見れば、確かにこの狭い通りの方々には、同じようにキラキラした人型のものが転がっている。


 先程のように丸まったものや壁に寄りかかったもの、中には走っている最中にそのまま凍りついたようなものまである。


 ずっと廃墟と化した店の残骸に見えていたが、それはそんなガラクタなんかじゃない……それは、人間がガラス質に変化したものだ!


「……違う。そうじゃない……この辺に人がいないんじゃない……ここを訪れた人達は、みんな、凍り鬼に捕まって……」


 また、いつの間にやらとなりへ来ていたカナも、小刻みに震える瞳で前方を見つめ、すべてを理解してもっと先まで推理を働かせている。


「ヒュオォォォォ…!」


 と、その間にも扉のなくなったボロボロの店舗の一つから、真っ白い肌をした鬼が一体、薄気味悪い風の音のような鳴き声をあげて姿を現わす。


 カナの言った通り、鬼の中でも突然変異で新たに現れた希少種〝凍り鬼〟である。


 こいつに噛まれ、保有するウィルスに感染した者は、あの人型のようにタンパク質がガラス質の繊維に変化して固まってしまうのだ。


「み、みんな、撃てえっ!」


 ヨシカズの一声で、全員の持つ小銃が同時に火を放ち、凍り鬼めがけて小銃弾を浴びせ始める。


「ヒョオォォッ…!」


 五つの銃口から連射される銃弾は外すことなく凍り鬼に命中するが、まるで硬い岩を撃ってるかのようにそのほとんどが弾かれてしまう。


 凍り鬼の皮膚はガラス質の鱗のようなもので覆われており、通常弾では貫けないくらいに硬いのだ。


「クソっ! 止まりやがれ!」


 それでもダメージはあるらしく、苦悶の叫び声をあげてはいるが、降り注ぐ弾丸の雨に耐えながら凍り鬼は徐々にこちらへと歩を進めてくる。


「わたしが食い止めるから、みんなは辺りを警戒して! 他にも鬼がいるかもしれない!」


 それを見て、カナが動いた。


 そう叫ぶや彼女は膝をついて銃を抱えると、 凍り鬼の右脚のみに銃弾を集中させる。


「ヒュオォォォッ…!」


 すると、さすがに一点集中した弾丸の連射に硬い皮膚も耐えきれず、片脚の吹き飛んだ凍り鬼はバランスを崩してその場に倒れ込む。


「ヒィオォッ…!」


 だが、それでも容赦せずにカナはさらに弾丸を浴びせ続け、今度は凍り鬼の右肩も粉砕する。


 さすがはカナだ。彼女に任せておけばこっちは大丈夫だろう……。


 凍り鬼がいたということは他の鬼が付近にいてもおかしくはないし、これだけ派手に大きな音を出しまくれば、人並みの聴力しかない鬼だって遠くから聞きつけてやって来るかもしれない。


 頼もしいカナの活躍に、俺達は凍り鬼に背を向けると、手分けして周囲に目を光らせることにした。


「今よ! 逃げましょう!」


 一時的ではあるが凍り鬼の動きを封じたカナが、射撃をやめて踵を返すと逃走の号令を発する。


「お、おう!」


 その声に俺達も朽ちた楼門の方を向くと一斉に走り出そうとした……


 が、その時である。


「キャっ…!」


 不意に背後で、これまで聞いたことのなかったカナの悲鳴が聞こえた。


「カナっ!?」


 咄嗟に振り返った俺の見たものは、残った左脚だけで跳躍し、襲いかかる凍り鬼に捕まったカナの姿だった。


 カナも、そして俺達も、凍り鬼の身体能力を甘く見すぎていた……半身がなくなることくらい、ヤツにとっては大したダメージではなかったのだ。


「あうっ……に、逃げ……て……」


 凍り鬼に首筋を噛まれたカナは、掠れた声で懸命に訴えながら、みるみるガラス質の繊維にその肉体を変えてゆく……瞬く間に彼女は、この露地に点在するキラキラしたガラクタ・・・・と化した。


「カナっ! ……い、イヤあああぁぁぁーっ!」


 変わり果てた無残な仲間の姿に、ネジコが悲痛な叫び声をあげる。


「ち、ちきしょう! よくもカナを……」


「なんで……なんでだよ……なんでカナが……」


 イノウとヨシカズも、それぞれに大きな衝撃を受け、呻くように各々の言葉で耐え難い感情を吐露している。


「……クソっ! みんな! あれを使うぞ!」


 俺は仲間を殺された怒りと、加えて想像を絶する鬼の耐久性への恐怖から、虎の子・・・の武器を使う決断を下した。


 その武器というのは先日、阿佐ヶ谷の自衛隊駐屯地で幸運にも缶詰とともに入手した、例の対鬼専用弾である。


 非常に数が限られている貴重な銃弾なので使用する機会を慎重に吟味しなければならない兵器だが、これまでの人生で一番、命の危機を感じている今こそがまさにその時であろう。


 俺の言葉に他の三人も、口で答える代わりに専用弾の弾倉マガジンを小銃に装填する。


「カナが負わせてくれた傷を狙うんだ! 撃てえっ!」


 わずかの後、準備を整えた全員が一斉に専用弾を凍り鬼の体に連続で撃ち込み始めた。


「ヒィオォォォォッ…!」


 直撃した瞬間、肉体再生を阻害する薬剤を飛散させるその弾は、硬い皮膚のなくなった凍り鬼の傷口部分を徐々に削ってゆき、いつしかヤツは地面の上に散らばった無数の肉塊へと姿を変える。


「ヒュ、ヒュウゥ…」


 それでも、顔半分だけで呻き声をあげていたそれにもう一発食らわせると、パン! と赤い風船のように弾けて凍り鬼は完全に沈黙した。


 俺達は、普通ならばけして殺せない鬼をついにったのである。


「や、やった……やってやったぞ!」


「カナ……仇はとってやったぜ……」


 イノウが半信半疑ながらも勝利宣言の如く口を開き、ヨシカズは墓前で故人へ報告するかのように、そう、ぽつりと呟いた。


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