Ⅱ:隠れ鬼
「――ハァ……ハァ……ここまでくればもう大丈夫だ……あの寺みたいの……ここは昔の浅草か?」
追って来た鬼の姿が見えなくなると、立ち止まり、肩で息をするヨシカズが朽ちかけた大きな楼門を眺めながらそう呟いた。
門の下にはボロボロに破けた、巨大な提灯みたいなのが転がっている。
「…ハァ……ハァ……あのバカ高いのってスカイツリーとかいうのだよね? なら、そうなんじゃない?」
同じく荒い息を整えながら、仲間内では最年少の小柄な女の子ネジコも、近くに見える高い塔を仰ぎ、口元に巻いたスカーフの下からくぐもった声でそれに答える。
その天を突くように伸びた塔には全体に蔦が絡まり、まさに〝空の樹〟と呼べるような外観をしている……なんかイメージとは少し違うが、彼女の言うようにこどもの頃に聞いたその電波塔なのだろう。
「なら、お土産屋さんもいっぱいあるよね? 食べものも何か残ってるかも」
こちらは華奢な見た目に反し、意外や一番身体能力の高い美少女カナが、ポニーテールを揺らして辺りを見回し、穏やかな微笑みを湛えながら暢気な声でそう口を開く。
「おお! 食いもんか! そいつはありがてえ! あの鬼のおかげでいいとこにたどり着けたな」
仲間の最後の一人、毛皮のベストを着たワイルドな見てくれ同様、頭もちょっとバ…いや、単純明解なイノウも、カナの言葉に歓喜の声をあげている。
食料を入手できる機会は、先日立ち寄った阿佐ヶ谷の自衛隊駐屯地跡以来だ。
そこで見つけた缶詰もそろそろ底を尽くし、久々にありつける食い物にもちろん俺もうれしくないわけがない。
「まあ、有名な観光地だし、すでに
イノウに続いて俺も嬉々とした声でそう告げると、付近の廃墟と化した店の跡らしきものを一軒々〃、皆で捜索し始めた。
もちろん、鬼の襲撃を警戒しながら……。
「――んめーっ! 熱々のラーメンはたまんねえな! インスタントだけどよう!」
瓦礫を燃料にした焚火を囲み、できあがったカップラーメンをすすりながら、思わずイノウが大声をあげる。
「バカ! もっと静かに食え! 鬼に見つかっちまうぞ!」
同じくカップを手にしたヨシカズが眉間に皺を寄せ、潜めた声でそんなイノウを嗜める。
何軒か土産物屋の廃屋を物色した俺達は、運良くも〝雷おこしラーメン〟なるご当地カップ麺を見つけることができ、まだ
無論、蓋に印字された賞味期限はとうに切れているが、この時代、そんな者を気にしているやつなんか誰もいない。
食料生産もまともにできない現在、ほとんどの者が俺達のように、過去の文明社会が残した保存食品を漁って命を繋いでいる。
中には要塞化できる城跡なんかに立て篭もり、細々と作物を栽培している比較的大勢のコミュニティなんかも存在するが、その手の連中はごくごくマイナーな珍しい例である。
もっとも、昔は誰しもが見て聞いて使っていたテレビやラジオ、電話、インターネットなどはないので、自分達の行動範囲以外が現在どうなっているのかは想像の域を出ないのであるが……。
だか、見知らぬ土地へ行ってみたい思いはある反面、大きな街のない地方に行けば保存食品漁りができない可能性もあるし、自衛隊や米軍の基地がない土地では武器の確保も怪しくなる。
俺達が護身用に持っている小銃や弾も、そうした基地の跡で見つけたり、鬼との戦闘で壊滅した部隊の残した装備品をいただいたものなのである。
そんな事情から俺達はずっとこうして、かつて東京と呼ばれていた街の中をぐるぐると渡り歩いている……。
「ぷは〜っ! ああ〜うまかったあ! なあに、大丈夫だよ。ずっと鬼の気配はしてねえからな」
スープも全部一気に飲み干したイノウが、あいも変わらず大きな声で渋い顔を作るヨシカズにそう答える。
野生の勘とでもいおうか、頭は単純だがイノウの五感は非常に優れているので、彼がそう言うんならまあ、大丈夫なんだろう。
「そうね。この界隈にはわたし達以外人もいないみたいだし、鬼もどっか他へ行っちゃってる可能性が高いわね」
イノウの意見には、冷静沈着で論理的な思考をするカナにしても自らの見地より賛同する。
彼女の言う通り、食料となる人間がいない所には必然的に鬼も寄りつかなくなる。
それに、人類にとっては幸運なことにも、鬼達は超人的なその再生能力に比して獣のように目や耳や鼻が効くわけではない。そうした感覚器官に関しては人並みなのだ。
だから、近くに寄らない限り、遠くからこちらの存在を察知されることはないのである。
「そうとわかれば、もっと探してありったけ食い物を集めておこうぜ!」
「うんうん。もっと美味しいものあるかもしれないね!」
二人の言葉にヨシカズとネジコも顔色を明るくし、食事を終えた俺達は土産物屋街の物色をなおも続けることとなった。
ところが、朽ちた楼門をくぐり、「仲見世」と書かれたプラスチック製の行燈がずっと奥まで連なる、朱色の小さな店の立ち並んだ路地に入った時のことだった……。
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