鬼ごっこ
平中なごん
Ⅰ:鬼ごっこ
絶対に負けられない戦いがある……。
そう……〝鬼ごっこ〟だ。
〝鬼ごっこ〟だなんて聞くと、ただの遊びだろうと思われるかもしれない……。
だが、そう思った者はとても幸せな時代に生きている人間だ。
俺達が生きているこの時代において、〝鬼ごっこ〟はただの遊びを意味する言葉なんかではない……。
「ーーおい! 急げ! もっと速く走れっ!」
「…ハァ…ハァ…あ、あたし、もう…キャアァァァァーっ…!」
振り返り、声をかける俺の目の前で、逃げ遅れた女性がまた一人、〝鬼〟に捕まった。
「グェェェェェーッ!」
鬼は不快極まりない雄叫びをあげ、捕まえた女性の首筋にかぶりついてバリバリと骨ごと貪り喰いはじめる。
蒼白い肌をした筋肉隆々の体に頭から生えた二本の牛のような角、赤々と燃える両の目に鋭い牙の生えた涎塗れの大きな口……何度目にしても全身の血が凍りつくような恐怖を感じさせる
まさに
ヤツらはある日、突然に現れた……。
いったいどこからやって来たのか? 真実は今もってわからない。
ある者は宇宙から来た異星人であるといい、またある者は氷河期に冬眠していたレトロウィルスが温暖化により目覚め、それに感染した人類が突然変異を起こした存在なのだという……。
ただ確かなのは人間が喰い殺されずに生き残った場合、ヤツらの保有するウィルスに感染して同類の鬼になってしまうということだ。
そうして、最初は一体だけが某国で確認され、まるでUMA(※未確認生物)か都市伝説の如くデマ扱いで噂されていたものが、あれよあれよという間に数が増え、今ではむしろ人類の方が絶滅危惧種になりかけている。
「クソっ! そんなに腹減ってんなら、これでも食いやがれっ!」
もう幾度となく見ている光景ではあるが、同族の死を前に怒りの込み上げてきた俺は、その場に立ち止まると小銃を構え、
「グェェェェェーッ!」
高速で直撃する弾丸の雨に、叫ぶ鬼の蒼白い皮膚は裂け、真っ赤な血と肉塊が四方八方へと辺りに飛散する……普通の生物ならば、確実に即死しているはずの致命傷だ。
「おい! 何やってんだ、ダンジ!? んなもん効くわけないだろ!」
だが、先を行く仲間の一人、金髪ショートボブのヨシカズが、足を止めることなく振り返り、無駄弾を撃つ俺を大声でそう叱責する。
「ああ、わかってるさ……充分すぎるほどにな」
射撃をやめ、俺がそう答えている間にも、砕けて血塗れになった鬼の肉体は再生を始め、喰い散らかした女性をその場に投げ捨てると、今度は俺の方へとその赤く光る眼を鋭く向けてくる。
また、遠くその後方にもわらわらと、暗青色のやら黒緑のやらが方々から次々と湧いて出てきている。
「チッ……」
身の危険を感じた俺は舌打ちをし、踵を返して再び全力で走り出した。
先程、ヨシカズが言っていたように、小銃弾はもちろんのこと、基本、通常兵器で鬼を殺すことはできない。
ヤツらは驚異的な速度の再生能力を持っており、再生が間に合わないくらいに一瞬で全身を破壊しない限り、どれほどの傷を負わせても無駄に終わるのだ。
そのことも、鬼がここまで急激に増加した大きな原因の一つである。
それでも世界各国の軍隊がまだ機能していた内は強烈な爆発力を持つ兵器を用い、文字通り瞬時に肉体すべてを吹き飛ばして消滅させることができた。
また、着弾した瞬間に細胞の再生を阻害する薬品が飛散する対鬼専用小銃弾なんてものも開発され、一定の戦果をあげることも少し前まではできていた……。
ところが、ねずみ算式に増えてゆく鬼の侵食は他の公的機関同様、軍においても例外ではなく、軍隊も、そして各国政府も時を置かずして機能しなくなった……。
つまり、今は国民の命を守ってくれるような公の組織は存在せず、自分の身は自分で守らねばならぬのだ。
加えて社会が崩壊したことで物資の流通も止まり、日用品はもちろんのこと、食料さえ手に入れることはままならなくなった。
だから、俺達わずかに生き残った人間は小規模な集団を作り、襲い来る鬼より逃げながら、食い物を探してこの荒廃した街を彷徨い歩いている……。
そう……この〝鬼ごっこ〟は遊びではなく、人類の生存をかけたまさにサバイバルゲームなのだ。
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