感染症の典災

@kuronekoya

#自粛と保証はセットです

 アキバの街の野戦病院――いや、それはものの例えだけれど、つまり急造の病院、ここが今の私の戦場だ。

 全力管制看護フルコントロールエンカウントで、看護の人員配置や備蓄の在庫量から30分先までマスク1個単位で予測して最適なトリアージを行う。


 そしてシロエさんは今、別の戦場――円卓会議で対策を練っている。



 大地人の人たちが、熱、咳、息苦しさと味覚障害などを訴え始めたのは、ほんの一週間ほど前。

 それが見過ごせない人数になってきたのが、数日前のこと。


 市中警備にあたっていた西風の旅団の女性隊員――地球世界では看護師さんだったと言っていた――が言うには、「インフルエンザ」に症状が似てるわねぇ」ということで円卓会議に報告が上がり、調査を始めたところ……致死率がものすごく高かった。



「まずは取り急ぎ3つ、です。アキバの街のロックダウン、医療に詳しい人を集めて対策会議――それに並行して飛沫感染と仮定してのマスクや防護服の準備、そして“カネ”です」


「金って、シロやんガメついなぁ」


「いいえ、マリエ。ロックダウン中は経済が止まりますから、生活費の援助が必要になります。特に大地人の商売人は死活問題です。それに医療も、そのための物資もタダではないのですよ」


 軽く茶々を入れるようにマリエールさんが言ったが、後ろに立つヘンリエッタさんがたしなめるように諭す。


「そういうこと。そんなわけで、僕は金策のために2、3日留守にしますから、ロデリックさん、ミチタカさん、カラシンさんたちは感染制御の物資の生産をお願いします。マリエールさんたちは大地人の皆さんを落ち着かせるようにお願いします。D3Hubは医療の知識を持つ人を集めて、情報収集と分析を。ソウジロウは市中の警備を。そしてアイザックさんたちはアキバの街のすべての出入り口の封鎖をお願いします」


「おう、任せろ。冒険者も、大地人もとにかくアキバの街を出入りさせないようにすればいいんだな」


「そうです。それと、マリエールさん、リーゼさん、現在空いている建物を大至急できるだけたくさん押さえてください。それぞれ重症の人、軽症の人、症状はないけれど患者の家族など感染の可能性が高い人を収容します。状況が変わればまた対応も変わりますが、まずは感染力の強いインフルエンザのつもりで対処しましょう。直継、一緒に来てくれる?」


「おう、金策まつりだぜ!」


「では、我輩は炊き出し部隊でも組織しますかニャ」


「で、金策って具体的にはどうするんだ?」


 直継が至極まっとうなことを尋ねる。


「いや、菫星きんじょうさんの本拠地に無心に行こうかと」


「「「それは『ゆすりたかり』と一緒だ/でしょう!」」」


 円卓会議の皆の声が重なった。


 ……こんな時にクラスティさんがいれば、とはシロエだけでなくこの場にいた全員の総意だったろう。




 休業補償と当座の食料を出すから、大地人の商売人は円卓会議から指示があるまで自宅で待機すること。

 大地人、冒険者問わず、感染症の疑いがあるものは申し出て隔離用の建物に移動すること。

 大地人、冒険者問わず、アキバの街からの出入りを禁止する。

 症状の出ていない冒険者は、D3Hubに協力して、看護、炊き出しと配達に協力すること。


 私もまた全力管制看護フルコントロールエンカウントによる、30分先までマスク1個単位の予測でパンデミックで崩壊しそうな戦線を支えていた。


 戦闘系ギルドは不用意に外出する人がいないか巡回に、生産系ギルドは感染防止具の開発と増産――ロデリックさん、それはオーバースペックだし、今は研究よりも量産が大事だと思います――に、お助け系中小ギルドは看護や炊き出しに、それらのコントロールはD3Hubが取り仕切っている。


「ボクは歌って踊ってみんなの免疫力を上げるよ♪」


 てとらさん、それ今、正直言って邪魔。


 にゃん太班長とセララさんは炊き出しに大忙し、五十鈴さんとルンデルハウスコードさんはそれを配ってまわっている。


 アカツキさんはレザリックさんと一緒に、レイネシア姫の護衛がてらマイハマの都へ状況報告と注意喚起に向かっている。


 ……トウヤ、どこ行った?



 ――とにかく皆が今自分にできることをこなそうと頑張っている時……


 闇営業をしている酒場にカナミがいた。

 世間の空気を読まずに陽気に酒を飲んでいた。

 そのとなりには、さっきまで大地人だったはずの、「感染症の典災ジーニアス『アノマスク』Lev.37.5」がいた。


「あんたさぁ、さっきから何なの!? 話しかけてもはぐらかすみたいなことしか言わないし、スピード感とか言いながら歌に合わせて犬抱いてたり、支払いは責任を持つとか言ってさっきから金貨1枚も出してないし!」


「それは8月以降に……」


「アホーッ! それじゃあおそすぎるんだよ!!」


 怒りに任せたカナミが、アルコール度数70%の酒瓶でアノマスクを殴って瓶が砕けた。

 それでも腹の虫がおさまらないカナミは、厨房からロデ研謹製の洗剤――界面活性剤を持ってきて頭から振りかけた。



 皆の頑張りとは別のところで、何の関係もなく、アキバの街の感染症騒ぎは収束したのだった。



fin.


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

感染症の典災 @kuronekoya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ