第121話 二人の帰り道

「何だか、色々と楽しかったね」


 永田さんが今日の出来事を思い返すような表情で話しかけてくれる。


「そうだね」


 永田さんと並んで自転車を漕いでいる今の状態が凛太郎には信じられないでいる。

 クリスマスイブという今日この日、昼前から恭介の部屋で四人で遊んだ。

 学校のアイドルである永田さんとクリスマスイブを一緒に過ごすなんて、思ってもみなかったことだ。

 しかも永田さんとは二人で買い物に行き、ポッキーを食べさせ合った。

 そして、恭介が「たろちゃん。送って行ってあげなよ」と勧めてくれたことで、今、永田さんと一緒に帰っている。

 こんな華やかな日が自分の人生の中に現れるとは。


 年末らしく風は冷たいが、ハンドルを握る凛太郎の手はじっとりと汗ばんでいる。

 あまり永田さんのことを考えると、ポーッとしてハンドル操作を誤りそうで怖い。


「私、こんなに楽しいクリスマスイブは初めて」

「そうなの?」


 意外だった。永田さんのクリスマスはいつももっと充実しているのかと思っていた。

 今年はこんなレベルの低いメンツと過ごすのかと残念がっているかもしれないと凛太郎には申し訳ない気持ちもあったのだ。


「クリスチャンにとってクリスマスイブは家族一緒に静かに暮らす日だから、普通に学校に行って部活が終わったら、真っ直ぐに家に帰ってたの。たまたま今年は何年振りかにお休みで、夕方までは自由にしていいってことになって。でも、祖父母が家に来てくれたって連絡があったから、予定より早く帰ることになっちゃったんだけど」

「ああ。そういうことだったんだ」

「ごめんね。奥川君まで帰ることになっちゃって」

「ああ。それはいいんだ。その方が……」


 恭介が歩美と二人きりの時間を過ごせる。

 思わずそのことを言いかけてやめた。

 気分が高揚していて、口が滑りそうだ。

 勝手に恭介の気持ちを話してしまったら、怒られてしまう。


「その方が、何?」

「あ。いや。何でもない」

「何か気になるなぁ」


 永田さんが横から覗き込むように見てくる。「ねぇ。あの二人ってお似合いだと思わない?」


「え?あの二人って?」

「飛島君と歩美。息が合ってるって言うか、掛け合いが面白いって言うか。もう何年も一緒にいる感じがするのよね。本当は出会って、まだ半年とちょっとなのに」

「それは僕も思ってた」

「それに比べて、奥川君と私はもう何年も同じ学校に通ってるのに、話すようになったのは今年になってからなんだよね」

「え?僕のこと知ってた?」


 驚きだった。

 あまりに驚いて自転車が蛇行する。


「ちょ、ちょっと、危ない!」

「うわっ。ごめん」


 急ブレーキをかけて、転ぶのを回避する。

 危うく歩道の縁石に乗り上げるところだった。

 こけていたら、永田さんも巻き添えにしていたかもしれない。「危なかったぁ」


「大丈夫だった?」

「うん。……永田さんって、僕のこと小学校の頃から知ってたの?」

「知ってるに決まってるじゃない。知らないと思ってたの?小学校から数えて今年で九回も同じクラスなんだよ。私、こんなに同じクラスになる人、奥川君以外いないよ」


 永田さんは存在に気付いていてくれた。

 それが凛太郎には恥ずかしかった。

 これまで目立たないことに心を砕いて、地蔵のように生きてきた歴史を永田さんに全て見られていたという恥ずかしさ。

 だけど、知っていてもらっていたという嬉しさも少なからずあった。


「僕も永田さんだけ」

「そりゃそうでしょ。私と大抵同じクラスなんだから」


 そう言って、永田さんはクスッと笑った。

 それが何故だか少し寂しそうに見えた。「私、こっちだから。……ここでお別れだね」


 永田さんは交差点の右手の方に指を差した。


「あ。うん」

「そうだ。そうそう。冬休みって、将棋部は休みあるの?」

「えっと。十二月二十七日と一月五日以外は休みかな」

「え?活動が二日だけなの?他は休み?」

「ああ、うん。恭介君は年末年始に旅行の予定があるみたいで。将棋ってどこでもできるし、一人でも特訓できるから、他の日は個人練習。永田さんのテニス部は?」

「私たちは大みそか、元日、二日の三日間はお休み。それ以外は毎日学校で練習」

「へぇ。けっこう厳しいね」

「そんなことないって。これが普通だよ。サッカー部なんか元日以外はずっと練習だって、反町君が言ってたもん」


 永田さんはすねたように口を尖らせる。「雨が降ったら、将棋部にお邪魔しようと思ってたのになぁ。奥川君とはもう新学期まで会えないかもね」


「うん……」


 何て言ったら良いんだろう、と凛太郎は困惑した。


「じゃあ、LINEするから相手してね。今日はありがとう」


 じゃあね、と永田さんは角を曲がって行った。


 凛太郎は自転車を漕ぎだすと、夢見心地のようなふわふわとした感覚で我ながら運転が心もとなく、そこからは自転車を押して歩いて帰った。

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