第120話 強行!王様ゲーム

 ベイクドチーズケーキはなかなかの美味だった。

 甘さ控えめで、どんどん食べられた。

 永田さんセレクトの紅茶も癖がなくて、ケーキとの相性が良かった。


「美味しくて、全然足りないね」


 ぺろりと食べ終わって、思わずそう呟くと、歩美と恭介にじっと見られていたことに気付く。

 二人は「よく言った」という感じで、笑顔でうんうんと頷き、それから互いに何かを成し遂げたように熱く見つめ合う。

 そこで、ハッと思う。

 自分は今、大それたことを口走ってしまったのではないか。


「ほんと?ありがとう!」


 永田さんがフォークをくわえながら、凛太郎に向かって、ぺこりと頭を下げる。

 照れた感じのその仕草が可愛くてたまらない。


「ちょっと、奥川先輩。目。目がハートになってますよ」

「なるかぁ」


 凛太郎は必死に反駁する。


「じゃあ、写真撮って見せましょうか?」

「あ、いや。やめてください」


 凛太郎は神妙にお願いした。


「歩美。あまり、たろちゃんをいじめるなよ」


 見かねたように恭介が助けてくれる。「確かに足りないな。カップラーメンでも食う?」


「いいね、それ」

「私も食べたい!」


 歩美が勢い良く手を挙げる。「久美ちゃんは?」


「そんなに数あるの?」


 恭介がキッチンのシンクの下の棚をゴソゴソする。


「三個。一人分足りないわ。どうする?」


 恭介が三人の顔を見まわすと、歩美が「はい、はーい」と手を挙げる。


「あれやりましょ」


 歩美が嬉々として、持ってきていたポシェットから割り箸を四本取り出した。「一本ずつ引いてください」


 歩美は割り箸の先を隠すようにして持ち、三人の前に差し出した。


「割り箸を持参とは、本当に歩美は有言実行だな……」


 恭介が信じられないような顔つきで歩美を見る。


「有言実行って言うか、これが夢だったんですよ。誰がカップラーメンを食べるかについて、全ては王様に決めてもらいます!」

「どんな夢だよ」

「本気だったんだ……」


 永田さんがピクピクと頬を引きつらせて笑うのを凛太郎は初めて見た。


「さあ、どうぞ。早い者勝ちですよ。引いたら、割り箸の一番下の文字を隠してくださいね」


 歩美に促され、まず一番に恭介が引いた。


「私、カップラーメン遠慮してもいいんだけど」


 乗り気じゃない永田さんも、歩美がぐいぐいと割り箸を近づけるので、渋々手を伸ばす。


 凛太郎は最後までくじを引けなかった。

 王様ゲームで一番の人が三番の人と一本のポッキーを端っこから食べたりするの。

 先日の部室での歩美の発言が頭にリフレインする。

 そんな心臓に悪いことが今から起こるのかと思うと、どうしても手が動かない。


「奥川先輩が選ばないんだったら、私が選びますよ」


 そう言って、歩美は一本握った左手を自分の方へ引き、もう一本が残った右手を凛太郎に突き出した。


「誰が考えたんだろ、こんなゲーム」


 凛太郎は小さくそう呟きながら、仕方なく歩美から割り箸を受け取った。


「遡れば、二世紀のローマ帝国の時代にはこの種の遊びはあったらしい」

「そんなこと良く知ってるね、飛島君」


 永田さんが感心する。


「ネット上の知識だけどね」

「王様だーれだ!」


 強引な歩美の進行で否応なく王様ゲームがスタートする。


「俺でーす」


 恭介が満面の笑みで「王」と書かれた割り箸を全員に見せる。「まあ、家主だから当然だわな」


 この恭介の楽しそうな顔を見て、恭介が歩美側に行ってしまったことを凛太郎は悟った。

 歩美が企画している以上、そうなることは自明だったわけだが。


「王様。王様のご命令は絶対です。では、ご命令を」


 歩美が恭しく、恭介に伺いを立てる。


「うむ。では、カップラーメンを食べるのは、王様と一番と二番。食べられない三番が湯を沸かして、三食分作ってちょうだいな」

「うわぁ」


 膝から崩れ落ちたのは歩美だった。「何と、言い出しっぺの私が三番……」


「歩美。私、別に食べなくても大丈夫よ」

「久美ちゃん。これが王様ゲームなの。……私、燃えてきた!」


 歩美は突然立ち上がると、キッチンにダッシュし、電気ケトルに水を注ぎ、テキパキとカップラーメンを作り始めた。


「燃えられても……」


 思わず声が漏れた凛太郎に永田さんが苦笑い浮かべて同調してくれる。


「さぁ、カップラーメンが出来上がるまでに二回戦やりますよ」


「テーマは何?」


 急に恭介の食いつきが良くなった。

 王様を経験して、ゲームの楽しさに目覚めたのか。

 単に歩美のご機嫌取りか。

 それとも……。


「ポッキー!ドンドンドン、パフパフ」


 ポシェットからポッキーの箱を取り出した歩美のテンションが異常に高い。

 もう、彼女を誰も止められない。

 凛太郎は尻込みする気持ちで、ダイニングテーブルの椅子に深く腰掛けた。


「ポッキーで何をするの?」


 永田さんが恐る恐る確認する。


「それは、王様次第」


 歩美は魔女のように口元を歪めて笑い、何故か恭介と一瞬視線を絡ませる。

 そして、くじの割り箸を四本握り、みんなの前に差し出した。


 恭介が一番最初に抜き取り、観念したように永田さんと凛太郎がくじを引く。


「王様だーれだ」


 歩美の声に合わせて、みんなが一斉に自分のくじを見る。


 その時、誰かのスマホの着信音が鳴った。

 永田さんが鞄からスマホを取り出して、画面を見つめる。


「ごめん。ちょっと早くなっちゃったけど、私、帰らなきゃ」

「えー。久美ちゃん。王様ゲーム、どうすんのぉ?」


 歩美は心底残念そうな顔をする。


「ごめんね。これで最後でお願いします」


 歩美はものすごく悔しそうだが、凛太郎は助かったと思っていた。

 何とか、この一回を乗り切りたい。


「とりあえず、また俺が王様だよ」


 恭平が得意げに「王」の割り箸を高々と掲げる。


「何か、細工してない?」


 怪しい。

 凛太郎は抗議の声を上げた。「割り箸の割れ方とかで王様のくじが分かるんじゃないの?」


「ちょっと、奥川先輩。私のくじにケチ付けるんですか?」

「そうだそうだ。いくら俺でも一瞬でそんなの見分けられないよ」


 歩美・恭介連合軍の勢いに凛太郎はあっという間に劣勢になる。


「でも、飛島君が二回とも一番最初にくじを引いてるのよね」


 永田さんが凛太郎の横に立って、腕組みをする。「王様になった人は、次回は最後に引くべきじゃないかな」


「あ。久美ちゃんが奥川派だ」

「哀れな民衆よ。抗議はくじを引く前に行うべきだ。ラーメンが伸びてしまうぞよ」


 恭介が威張り散らす感じで立ち上がる。「一番と三番が一本のポッキーを両端からくわえて食べなさい」


「一番、だーれだ?」


 歩美が強引に進行する。


「私……」


 永田さんがおずおずと手を挙げる。


 その横で凛太郎は顔を真っ赤にした。

 手には三番のくじがある。


「たろちゃんが三番だな」

「やっぱり、何か、細工が……」

「はい。どうぞ」


 抗議は認めない、という感じで、歩美がポッキーの袋を差し出す。


 凛太郎は永田さんと視線を絡ませた。

 しかし、すぐに顔を俯ける。

 永田さんと一本のポッキーを食べ合う?

 マジか。

 そんなことをして自分の体がもつか不安だ。


「ちょ、やっぱ、無理」

「駄目ですよ。王様の命令は絶対!」

「歩美。私もちょっとこれは恥ずかしいな」


 永田さんも照れた感じでもじもじする。「王様。もう少しハードルを下げていただけませんか?」


「仕方ないなぁ」


 恭介は腕組みをして思案する。「では、お互いに指で持って食べさせ合いなさい」


 新たな命令を受けて、二人は再び見つめ合う。

 永田さんは恭介の提案を受け入れたようで、迷いなくポッキーの袋に手を伸ばし、一本指でつまんだ。


「はい。奥川君、どうぞ」


 永田さんが持つポッキーが凛太郎に向けられる。

 このポッキーを食べるのか。

 想像しただけで、心臓がバクンバクンと高鳴る。


 恭介と歩美が固唾をのんで見つめている。


 動けない。

 緊張で体が強張って、言うことを聞かない。


 すると、ポッキーの方が近づいてきた。

 操られるように口を薄く開けると、永田さんの手によってポッキーが口の中に入ってきた。


「何か、いいっ!」


 歩美が悶えるような感じで、歓声を上げる。「次、次!今度は奥川先輩の番ですよ」


 凛太郎はパサパサに乾いた口をもぐもぐさせながら、震える手でポッキーを一本掴む。


 永田さんが凛太郎に正対する。

 小さく開いた永田さんの口の奥に赤い舌が見える。


 凛太郎は右腕を少しずつ伸ばした。

 ポッキーが小刻みに揺れる。


「ちょっと、たろちゃん。そんなに震えてたら、永田さんが食べにくいよ」


 恭介に指摘されると余計に震えてしまう。


 と、永田さんが凛太郎の手を両手で挟み込んだ。

 震えの止まったポッキーを永田さんがくわえる。


「久美ちゃん、エロい!」

「歩美!変なこと言わないで!」


 永田さんは顔を真っ赤にして、口元を手で隠してポキポキと音を鳴らしながら細い棒を食べた。

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