第119話 からかわれる凛太郎

 空は少しどんよりしている。

 風も冷たくて、まさに冬がきたって感じ。

 さすがにホワイトクリスマスにはなりそうもないけれど。

 クリスマス?

 そうか。

 僕は今、クリスマスイブの街を永田さんと二人で歩いているのか。

 そう考えただけで、凛太郎は緊張で身震いした。

 思わず、前後左右に視線を飛ばす。

 今日という日に永田さんと歩いているところを知り合いに見られたら、週明けの月曜日に闇討ちにあうかもしれない。


「奥川君と飛島君って仲いいよね」


 永田さんが不意に羨ましそうに言う。


「そ、そう?」

「そうよ。いっつも、二人でいるじゃん」

「他に友達がいないんで」

「それだけじゃないでしょ。一人の方が楽だったら、そうはならないもん。互いに

同じぐらいの強さで求め合ってるから一緒にいられるんだよ」

「そんなこと言われると、何か恥ずかしいな」


 凛太郎がそう言うと、永田さんは軽く微笑んで、探るような視線で凛太郎を見た。


「どちらかに彼女ができたら、二人はどうなっちゃうんだろうね」

「え?彼女?」


 永田さんから恋愛の話を振られて、胸に何かがズキンと突き刺さる。


「そんなに驚く?高校二年生なんだから、彼女がいてもおかしくないでしょ」

「い、いやぁ……」


 彼女なんてできそうにないから、二人で童貞ミーティングしながら慰め合っているわけですが。「僕たち、見ての通りだから」


「見ての通り?どういうこと?」

「あの、その……。おくてで、ダサくて、イケてないって言うか……。女の子と何、話していいか分かんないし、彼女なんて異世界の話って言うか」


 凛太郎の言葉に、永田さんは「うーん」と言って空を見上げた。


「内面的なことは分かんない。奥川君がどう感じてるかは、奥川君次第だもんね。だけど、イケてる、イケてないとか、ダサい、ダサくないとかは、自分で決める必要はないよ。奥川君のこと、イケてないって思う人はいるかもしれないけど、私はそんなこと一ミリも思ってないし、飛島君のことも楽しい人だと思ってる。それに……」

「それに?」

「奥川君って、あまり他の人とは喋らないのに、私とはこんなに話せるようになってくれたから、ちょっと、優越感」


 えへへ、と照れたように両手で頬を挟んで笑う永田さんは直視すると鼻血が出そうなぐらいに可愛くて、凛太郎はグッと下唇を噛んで地面に視線を落とす。

 頑張って上から押さえつけていないと、胸の底から湧き上がってくる「あああー。めっちゃカワイイー」って興奮が口から洩れてしまいそうだ。

 ただでさえ、風になびく細く長い髪の一筋、一筋の動きの美しさや、ふわふわと柔らかそうなマフラーに埋めた顎の感じとか、フェイクファーが付いたコートの袖先から見える指の爪の透明感なんかが、眼福を通り越して刺激が強すぎるからチラッチラッとしか見ることができないぐらいなのに。


 スーパーに着くと、永田さんはスイスイと棚の間を歩いて、すぐに紅茶がある場所を探し出し、どれにしようかな、と膝に手を置いた中腰で物色し始める。

 そのバックショットがこれまた扇情的で、慌てて目を逸らし、横に並ぶことにした。


「永田さん。ここ、来たことあるの?」

「ないよ。何で?」

「足取りに迷いがなかったから。僕だったら、店に入ってここに来るまでに十五分ぐらいかかってたかも」

「迷いようがないよ。あそこに書いてあるじゃん」


 永田さんは天井からぶら下がっているプレートを指差した。

 そこには確かに「日本茶、コーヒー、紅茶」と書いてある。


「ああ。あれを見るんだ」

「良かった。私、ついて来て」


 永田さんは呆れたような顔で「一つ賢くなったね」と言った。「で、どれにしよっか?あまり渋くない方がみんな飲みやすいと思うから、アッサムでいい?」


 紅茶に何の知識もない凛太郎に異論があるはずがなく、永田さんのおかげでスムーズに買い物は完了した。


「奥川君。これ何だと思う?」


 スーパーからの帰り道。

 永田さんは買ったばかりの紅茶が入った小さな箱を凛太郎に見せる。


「ティーパックでしょ?」

「もう一回言ってみて」

「……ティーパック」

「本当にそう思う?」


 小首を傾げた永田さんの試すような目を直視してしまい、その可愛さに凛太郎は脳がボフッとショートしたのを察知した。

 数秒フリーズした後、何とか自分を再起動する。


「え?違うの?これってパックに入ってない葉っぱだけのやつ?」

「そういうことじゃなくて……」


 永田さんはどこか楽しそうにローファーの靴底で道路を鳴らしながら歩く。「ティーパックとティーバッグとティーバック。どれが正しいでしょうか?」


 こういう問題を出されるということは……。


「ティーパックじゃないってこと?」

「そうよ。ティーパックっていう言葉はないの。そしてティーバックは私が履いてる下着のこと」

「え?」


 急に永田さんの下着の話になって、お尻のあたりを想像してしまった凛太郎は瞬間的に頭に血が上った。

 また脳が停止してしまいそうだ。


「嘘よ。赤くなって、可愛いなぁ、奥川君は」

「ちょ、ちょっと。びっくりさせないでよ」


 永田さんは凛太郎のリアクションに満足するようにフフッと小さな笑いを漏らす。


「正解は、ティーバッグでした。茶葉の入ったカバンってこと」

「へぇ。今日はどんどん賢くなるな」

「よかったね。賢くなったご褒美にいいこと教えてあげよっか」

「ん?何?」

「さっき、歩美が全裸にコートでって言ってたでしょ」

「言ってたね」

「実は私……」


 永田さんは立ち止まり前後左右を確認して、少し凛太郎の耳に顔を寄せる。「今、コートの下は服着てないの」


「ええっ!」


 思わず大きな声を出してしまう。


「ちょっとぉ。声が大きいよ、奥川君!」


 慌てた感じで頬を朱に染めた永田さんに人差し指を立てて「シー、シー」と注意され、凛太郎は反射的に口を手で押さえる。


 それを見た永田さんはお腹と口に片手ずつ当てて笑い転げる。


「はぁ。面白い。そんなわけないでしょ。私、奥川君の前でコート着たじゃん」

「そうだった。永田さんが急に変なこと言うから、びっくりしちゃったよ」


 ドキドキしっぱなしで、顔が熱い、凛太郎は手の甲で額を拭った。


「奥川君、からかうの面白いなぁ。でも、可愛そうだから、これぐらいにしとくね」


 永田さんはさらに上機嫌で、甲高く靴底を鳴らした。

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