第115話 クリスマスイブの予定(その2)

「奥川先輩。恭介先輩から話聞いた?」

「あ?え?」


 凛太郎の後ろについてきた恭介が「歩美。ちょっとその話は……」と言いかけたときに、永田さんが恭介の言葉を遮るように歩美に訊ねる。


「歩美。それって何の話?」

「あっ。久美ちゃん」


 一瞬の間に恭介と歩美が視線を絡ませ合うのを凛太郎ははっきりと見た。「……久美ちゃん。今月の二十四日って予定ある?」


 どうやら、もう全部ぶちまけてしまえば手っ取り早いという理解をしたようだ。


「イブの日?」

「そう。イブに恭介先輩の家でクリスマスパーチーをしようと思ってるんだ。この四人でおいしい料理を作って、ケーキを食べて、本気で将棋して負けた人が罰ゲームで全裸にコートで買い物に行ったり、王様ゲームで一番の人が三番の人と一本のポッキーを端っこから食べたりするの。ね?楽しそうじゃない?」


 凛太郎は歩美の提案を聞いて、怒りを込めて恭介を睨んだ。

 全然、ご飯食べるだけじゃないじゃないか。


「歩美。俺の知らないうちに、色々企画が増えてるんだけど……」


 恭介も戸惑いが隠せない様子だ。


「歩美……ごめん」


 永田さんも表情が暗い。


「ほ、ほら。永田さんも引いちゃったじゃんか。あ、えっと、罰ゲームとか王様ゲームとかは歩美が勝手に決めたことで、もちろんそんなのはなくていいんだけど……」

「ごめん。ごめんなさい。そういうことじゃなくって。私、イブの日はちょっと……」


 そっか。

 そういうことだ。

 永田さんには先約があるのだ。

 そりゃ、そうだよな。

 永田さんが一人ぼっちでイブを過ごすわけがない。

 凛太郎の胸が空気の抜けた風船のようにしょんぼり縮んだ。

 その縮んだ感情に、自分がうぬぼれていたことを自覚する。

 最近、永田さんが仲良くしてくれることに図に乗って、永田さんから好意を持たれているのではないかと期待していたことに恥じ入るばかりだ。


「久美ちゃん、ごめん。ケーキじゃなくて、おでんでもいいんだよ。そうだ。こんにゃくばっかりのおでん作ろうよ」


 そういう問題じゃないのが分からないのか、と凛太郎は歩美に突っ込みを入れたくなったが、それを許さない人がいた。


「何。何。ケーキにおでん?いいじゃん、いいじゃん」


 振り返ると反町が部室に入ってきた。

 その後ろにはひかるもいる。


「何でもない。あんたには関係ない」


 途端に歩美のテンションが違うベクトルに向かって先鋭化する。


「そんな冷たいこと言うなよ。俺、ちゃんと聞いたからな。それってクリスマスに何かやるってことだろ?いいよ。何か楽しそうだから、俺も参加しちゃうぜ」


 反町は冷たい場の空気をものともせず、テンションアゲアゲだ。「ひかるも行けるだろ?」


「あ、えっと。はい、喜んで」


 いつものことながら、ひかるは反町の言葉を断ることを知らない。


 しかし、反町がクリスマスパーティーに参加するということは、永田さんの約束の相手は反町ではないということだ。

 そのことに凛太郎はどこか安心する。


「ひかる。サッカー部は土曜も練習あるでしょ?クリスマスとか関係ないんじゃない?」

「あー。昼間はそうかも。でも、夜なら問題ないし」

「そうそう。俺には何の問題もない」

「あんたの存在そのものが問題なのよ」

「いくら歩美でも、反町先輩の悪口は私が許さんぞ」


 歩美、ひかる、反町が喧嘩をしているのか、互いに盛り上げ合っているのか分からないが、かつてないほどに部室が賑やかだ。

 そんな中、永田さんの表情が暗い。


「あの……」


 永田さんが何かを話そうとしている。

 だけど、誰も耳を貸そうとしない。


「ちょっと、静かにしようよ」


 凛太郎は周囲を冷静にさせようとしたが、騒動は収まらない。

 凛太郎は永田さんのそばに寄った。「永田さん?」


 歩美たちはクリスマスパーティーでプレゼント交換するかどうかの議論が白熱している。


「こんな奴に私が用意したプレゼントが渡ったら悔やんでも悔やみきれませんよ」

「じゃあ、俺は全員分用意してやるよ。君にも俺のプレゼントを差し上げよう」

「あんたのなんか、いらないっつうの」

「私はほしいです!」

「じゃあ、ひかるはこいつと二人でパーチーすればいいじゃん」


 恭介は「まあまあ」とみんなをなだめようとして、おろおろするばかりだ。


 永田さんは凛太郎に声を掛けられたことに気付いているのか、いないのか、少しずつドアの方へ後ずさりしていく。

 そのことに凛太郎以外気付いていない。


 永田さんはそのまま黙ってドアの外へ出て行った。


 凛太郎は引き寄せられる磁石のように永田さんを追った。


 永田さんは廊下を折れ、階段を降りていく。

 寂しげな背中。


 凛太郎は思わず声を掛けていた。


「永田さん」


 永田さんは階段の踊り場で立ち止まったが、凛太郎を振り返ることはしない。


「私、うらやましいと思っちゃいけないの」

「何が?」

「私、クリスチャンだから、クリスマスイブは静かに家族と過ごすの。夜には教会に行って賛美歌を歌う。毎年、そう。今年も、そう。それが正しい過ごし方」

「そっか、ごめん。僕……。何も知らなかった」


 謝りながらも、永田さんのイブの相手が神様だと分かって、凛太郎のしょんぼり縮んだ胸がまたムクムク膨らむ。

 大きくなったり小さくなったりで、過呼吸を起こしそうだ。


「いいの。それが普通よ」

「僕も……教会に行ってもいいのかな?」


 凛太郎の言葉に「え?」と永田さんは驚いた顔で振り返った。

 やっと、永田さんの顔が見えて、勇気を出して訊いてみて良かったと思う。


「ありがと。でも、無理に合わせてくれなくていいよ。私のせいで、奥川君がパーティーに行けないのは心苦しいし」

「いいんだ。僕、賑やかなの苦手だから」

「でも……」


 俯いた永田さんの瞳が微かに揺れる。「ごめんなさい」


 永田さんは何かを振り切るように走り去った。

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