第114話 クリスマスイブの予定(その1)

「ところで、折り入って、相談なんだけどさ」


 放課後。

 部室に向かう途中の階段で恭介が立ち止まる。


「何?」


 改まって、何だろう。

 何か怖い。


「たろちゃん、クリスマスってどうすんの?」

「どうするって……」


 今日はクリスマスの予定をよく訊かれる日だ。

 そして、もしかすると、これまでの人生で、クリスマスの予定を訊かれるのは初めてのことかもしれない。

 そう思うと、何だか嬉しくなってくる。「そうだ。恭介君。二十四日にどこか行かない?」


 勢い余って、クリスマスイブに遊びに誘ってしまった。

 これは間違いなく凛太郎の人生初の出来事だ。


「何それ。たろちゃんとデートってこと?」

「デートってわけじゃないけど……」


 恭介にデートと捉えられるのは凛太郎の本意ではない。

 デートはやっぱり、女子としたい。いや、何をそんな大それたことを……。


「珍しいじゃん。たろちゃんから誘ってくるなんて……」


 恭介が不審そうな目で見てくる。「ま、いっか。実は俺もそうしたいと思ってたんだ」


「恭介君も?」

「いや、たろちゃんと二人でってわけじゃなくってさ」

「ん?」


 今度は逆に凛太郎が不審がる場面だった。

 二人ではないとはどういうことだ。


「ほら。あれだよ。やっぱ、クリスマスって、男二人じゃ寂しいじゃん。何か、余り者同士で傷を舐め合うみたいでさ」

「事実として、そうだと思うんだけど」


 凛太郎としてはそれが自分にとって一番心落ち着くクリスマスイブの過ごし方なのだろうと思って恭介を誘ったのだが。


「ま、まあ、そうだとしてもさ。今年は少しチャレンジしても、いいのかなぁ、なんて思うんだよ」


 急に恭介がモジモジしだす。

 何だか気持ち悪い。


「チャレンジって?」

「やっぱりクリスマスは女子がいると華やかになると思うんだよね」

「女子……」


 その言葉を聞くだけで、凛太郎の胸はバクバク、汗がドバドバ。

 ただでさえ、女子と話すのは緊張するのに、クリスマスという舞台の上でだと思うと余計だ。


「ほら。俺はやっぱり歩美と過ごしたいと思うわけで。だけど、クリスマスイブにいきなり二人っきりってのも、かなり冒険かなって」

「いやぁ。それは、大丈夫じゃないかな。いつもの感じで誘えば、歩美も喜んで恭介君とデートするんじゃない?」

「そうかなぁ」


 恭介がまんざらでもなさそうな感じで、笑顔を見せて体をくねらせる。「でも、やっぱ、まだちょっと自信ないんだよな」


「へぇ。恭介君でも、そうなんだ。二人の様子は、もう付き合ってると言っても過言ではないように見えるけど」

「いやいや、それは明らかに過言だよ。どこをどう見たら、付き合ってるの?」

「例えば、呼び捨てで呼ぶとか、二人きりでも談笑できてるとか……。」


 確かに、駄目だ。

 言っていて、レベルの低さに気づく。

 恭介にジトッと冷ややかな目で見られて、凛太郎は項垂れる。「ごめん。二人はまだだわ」


「でさ。歩美は永田さんが一緒だと来やすいと思うんだよね」

「はぁ」

「で、永田さんと言えば、たろちゃんじゃん」


 ブーッと吹き出す凛太郎。

 途端に顔が赤らむ。


「ちょっと、そういうのやめてよ」

「いや、もう、やめられないんですわ。既に歩美とは話がついてましてね」

「はぁっ?」

「みんなでうちに来て、ご飯食べないかって歩美を誘ったら、『やりましょ、やりましょ』ってなって」

「みんなって?」

「だから、俺と歩美とたろちゃんと永田さん」

「えー!」

「何が、えー、なの?」


 声がした階段の手すりの向こうをサッと見下ろすと、「何?何?」と跳ねるように階段を駆け上がってくる永田さんがいた。


「あ。いや、何でもないです」


 凛太郎は赤面したまま、じわりじわりと逃げるように階段を上がる。


「何でもないことないでしょ。怪しい」


 永田さんは目を細めて恭介を見つめる。


「いやぁ、何て言うか……。ハハハ」


 恭介も愛想笑いを浮かべながら、階段を上る。「そう言えば、今日はテニス部は?」


「ないよ。今日は朝からずっと雨じゃん」


 永田さんも一緒に将棋部の部室に向かう。「で?何だったの?二人で何か楽しそうだったよね」


「いやぁ。そうだったかなぁ」


 何とかすっとぼけながら部室に入ると、歩美が目を輝かせて待っていた。

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