第113話 朝からイチャイチャ
「凛ちゃん」
朝。
玄関で靴を履いていたら麻実に声を掛けられた。
「ん?何?」
「再来週の土曜日って何か予定決まってる?」
「再来週の土曜日?何日だっけ?」
「二十四日かな」
十二月二十四日。
クリスマスイブじゃないか。
何が、二十四日かな、だ。
麻実は最初から分かっていて、予定を訊いてきている。
凛太郎の頭の中でサイレンが鳴り響く。
目の前にいる、稀代の奔放な小悪魔はきっと何か企んでいる。
「ちょっと、まだ分かんない」
「まだって何よ。今、分かってる状況を教えなさいよ」
麻実は曖昧な逃げ方では容赦してくれない。
「恭介君と出かける予定があって。それがその日になるかもしれないんだ」
真っ赤な嘘だ。
しかし、咄嗟に思いつく、不自然ではなくでっちあげられる予定が他に見当たらない。
「何それ。クリスマスイブに男同士でどこに出かけるのよ?」
「どこだっていいだろ」
これ以上詮索されるとぼろが出る。
凛太郎はドアを開いて、逃げ出した。
「花蓮ちゃんがその日、うちに来たいって言ってるから、空けといて!」
マンションの廊下を走る凛太郎の背中に麻実が矢を射るように言葉を放つが、凛太郎は聞こえていないふりで身を隠すように階段を駆け下りた。
外へ出ると、雨がポツポツ降っている。
傘を取りに帰りたいところだが、あの小悪魔がいるところへむざむざと戻るわけにはいかない。
大体、勝手に花蓮のクリスマスイブの予定を取ってこられても困る。
凛太郎はさらに足の回転を速めて学校に向かった。
「ちょっと、どうしたの?」
教室に入るなり、永田さんが驚いた表情で近寄ってくる。
「えっと……」
どうしよう。
朝から教室で永田さんと話すことになるとは。他のクラスメイトの視線が気になる。
「ビショビショじゃない」
「あ、うん。傘、忘れて」
凛太郎は慌ててポケットからハンカチを取り出して、顔を拭った。すぐにハンカチがベタベタになる。
「今日、傘忘れる?雨、ずっと降ってたけど」
「小雨だったからいけるかなって思ったんだけど、途中から本降りになっちゃって」
「もう。変な人。風邪ひいちゃうよ」
怒ったような呆れたような顔の永田さんが自分のハンカチで躊躇なく凛太郎の濡れた肩を拭う。
「あ?え?」
凛太郎は慌てて体を引いた。「あの……。大丈夫だから」
自分の不注意により濡れた制服を、永田さんの綺麗なハンカチで拭いてもらうわけにはいかない。
そんなことをさせた日には、後で学年中の野郎どもからどんな仕打ちをされるか分からない。
「あ。ごめん。迷惑だった?」
永田さんがハンカチを握りしめて悲し気に目元を曇らせた。
「いや、そんな。滅相もないです」
凛太郎はブルブル首を振るが、どう対処したら良いか分からない。
退くも地獄、進むも地獄だ。
他に誰もいなければ、永田さんの前に横ざまに倒れて、全て、身を委ねたいところだが。
いや、やはり恥ずかし過ぎて、そんなことはできない。
「何、朝からイチャイチャしてんだよ」
恭介が凛太郎と永田さんの間に飛び込んできて、持っていたタオルで凛太郎の頭をワシャワシャと拭う。
「わっ。ちょ、ちょっと」
「これ、貸してやるわ。後は自分で拭け」
恭介のタオルのおかげで、凛太郎は永田さんを悲しませずに、濡れた制服を拭うことができた。
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