第107話 金髪

「外国の人でさ、金髪の人、いるじゃん」


 また唐突に恭介が喋り出した。


 今日は水曜日。凛太郎は内心ワクワクしながら、平然とした手つきで将棋を指し、恭介の会話の相手をする。


「いるね」

「あの人たちって、アンダーヘアーも金色だと思う?」

「アンダーヘアーって?」


 恭介の言いたいことは分かっているが、わざと聞き返す。

 凛太郎はいつも恭介にからかわれているので、たまには恭介を困らせたい気持ちになっている。


「いやいや、たろちゃん。分かるでしょ?」


 恭介はがっかりしたような感じで肩を落とす。「アンダーのヘアーなんだから、下の毛のことでしょうよ。陰毛のことですよ」


「それはピュビックヘアーって言うんだよ」


 凛太郎は少し顔で指摘する。


「そうなの?そんな単語、初めて聞いたよ。って言うか、英訳はどうでも良くて、俺が言いたいのは陰毛の色がどうなのかってことだよ」


 どうなんだろう。

 これまでの人生で金髪外国人と接することがなかったからか、凛太郎はそんなことは考えたことがなかった。


「どうなんだろ。でも、直感だけど、髪の毛と同じである方が自然なような気がするかなぁ」


 凛太郎が腕を組んで首をかしげると、急に恭介がニタっと笑ってリュックサックの中に手を突っ込む。


「というわけで、答えはこちらでご確認を」


 恭介はタブレットを取り出して机の上に置いた。


「外国人モノってこと?」

「ちょっと、ピュビックヘアーに興味が湧いたんで研究してみたのだよ」

「覚えたての英語」


 格好つける恭介を、使いたいだけじゃないか、と凛太郎は笑った。


「ここ以外で使うことないからね」


 そう言ってから、恭介は何かに気がついた顔をした。「そもそも何でたろちゃんはピュビックヘアーって単語を知ってたんだよ」


 痛いところを突かれて、凛太郎はギクッとする。


「んー。何でだったかなぁ」

「分かりやすいとぼけ方」


 恭介が鼻で笑う。「たろちゃんは知的だから、アンダーヘアーって正しい英語なのかって疑問に思って調べたことがあるんでしょ」


 図星過ぎて言葉が出てこない。


「まあ、経緯はいいじゃん」

「そうだね。ちなみに、髪の毛が金色でもピュビックヘアーは金色ではないよ」

「言っちゃうんかい」

「言っちゃった。我慢できなかった」


 恭介が申し訳なさそうに笑う。


「まあ、いいけど」

「どうやら西洋の人でも本当に金色の髪っていうのは珍しいらしいよ。大抵は染めて金髪にしてるらしい。そういう場合は当然ピュビックヘアーも金色じゃないよね。だから、その人の金髪が本物の金髪かどうかはピュビックヘアーが金色かどうかを確認すれば分かるってことだよ」

「確認すれば分かるって簡単に言うけど、それができる人ってかなりレアじゃん。多分、その金髪は染めてるんですかって訊いた方が簡単だし早い」

「訊いても嘘をつくかもしれない」

「だとしたら、ピュビックヘアーも金色に染めているかもしれない」

「嗚呼。真実はどこにあるんだー」


 恭介は大げさに頭を抱えた。


「この動画は興味あるけど、そこの真実は僕はあまり興味はないよ」

「実は俺も」


 二人は顔を見合わせて笑った。


「恭介君。あのさ」


 妙に楽しくて、勢いに乗って凛太郎から切り出した。


「ん?何?」

「イスラム圏では男女ともピュビックヘアーをきれいに処理するのが当たり前なんだって」

「え。男女とも?」

「そう。コーランって知ってる?」

「イスラム教の聖書みたいなやつでしょ?」

「そうそう。ピュビックヘアーは処理しないといけないってコーランに書いてあるらしい」

「へぇ。たろちゃん、何でそんなこと知ってるの?」

「まあ、それも経緯はいいじゃん」


 一瞬二人は黙って見つめ合い、次の瞬間に吹き出すように笑い合った。

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