第106話 女子付きの?
思い出し笑いなのか、恭介は部室に来てからずっとニヤニヤ笑っている。
「何か、楽しいことあった?」
歩美と将棋を指していても恭介の様子が気になってしまい、凛太郎はしびれを切らして訊ねた。
「いやぁ」
そう言って、またプククと恭介は笑う。
笑っている人を見ていると、つられてしまうことがある。
凛太郎と歩美も、何もおかしくないのに、恭介の顔を見ているだけで笑いがこみ上げてくる。
「ちょっとぉ。思い出し笑いする人はエッチなこと考えてるって相場が決まってるんですよ」
「おっ。変なところで歩美は鋭いな」
「当たり、なんですか?えー。気になる。聞きたい、聞きたい」
歩美は凛太郎との対局をほったらかしで、恭介に向かって身を乗り出した。
歩美は意外にエッチな話題が好きなようで、この手の話に食いつきが良い。
「ちょっと、歩美がいるところでこんな話題はどうかな、って思うんだけどさ」
どうやら本当にエッチな話をするようだ。
童貞ミーティングではなく、童貞+処女ミーティングになってしまうが、歩美なら、まあ良いか。
「親父が引っ越しを考えててさ。今のマンションは住み始めてまだ三年で、俺は不都合は感じてないんだけど、親父は飽きてきちゃったみたいで」
「家に飽きるとか、あるの?手狭とか設備が古いとかじゃなくて?」
「あのマンション、すごくかっこいいですし、三年なんて、まだ新居みたいなものだと思うんですけど」
凛太郎も歩美も恭介の父親の感覚が理解できない。
「多分、新しい彼女と少し本気になってきたってことなんだと思う。今のマンションは前の奥さんの思い出があるから、そういうのも鬱陶しいのかな。あの人、そういう色恋関係で引っ越しを繰り返す人だから。俺、引っ越し、もう五回やってるのよ」
「五回も?」
歩美が呆れ顔になって、凛太郎を見る。「私、生まれてからずっと今の家ですよ。奥川先輩は引っ越ししたことあります?」
「僕?僕は……小さいときに一度だけあるかな」
転居の理由は聞かれたくなかった。
奥川家は父親が出て行って、引っ越しをしている。
きっと、母親の収入と家賃との釣り合いが問題だったのだろう。「で、何があったの?」
凛太郎が話の続きを促すと、恭介は凛太郎の意を察してか、「そうそう」と会話の続きを引き取った。
「それで、この週末に不動産屋さんと色々と物件巡りをしたんだけどさ……」
そこで恭介は吹き出して笑い、恭介のテンションについていけない歩美と凛太郎は肩をすくめて苦笑いだ。
「先輩。今のところ、全然面白くないんですけど」
「ごめん、ごめん」
恭介はヒーヒー言いながら、笑いを収め、呼吸を整えた。「あるマンションで、不動産屋さんが、お風呂を説明してくれたんだけど、浴室の乾燥機能のことを除湿機能って言い間違えちゃったんだ。お風呂に除湿機能がありますって」
「まあ、あんまり間違ってもない気がするけど」
「そのお風呂に除湿機能があるっていうのを、俺の父親がお風呂に女子付きのがあるって聞き間違っちゃったみたいでさ」
「お風呂に除湿機能がある。お風呂に女子付きのがある。聞き間違えなくもないですね」
「それだけで、急にそのマンションが気に入っちゃって。仮契約までしちゃったんだ。で、帰り道で俺に嬉しそうに、『女子付きのお風呂ってどういう仕組みなんだろ』って訊いてきて。『マンションのどこかに女子がたくさん待機してるのかな。それでお風呂のリモコンでボタンを押せば来てくれて、背中流してくれるのかな』って」
「ちょっと……、お父様、想像が豊か過ぎますね」
「俺も何を言ってるのか、意味が分かんなくってさ。よくよく聞いたら、聞き間違えてることが分かって。って言うか、そんな風俗的なサービスがついてるマンションなんかあるわけないじゃん。父親は慌てて仮契約を取り消してたよ」
「良かったね、引っ越ししてから、女子付きじゃないじゃんってことにならなくて」
「それから、父親が色々と女子付きに想像を巡らせちゃって」
「どういうこと?」
「除湿機能付き空気清浄機ならぬ女子付きの空気清浄機とかさ。可愛い女子が空気を綺麗にしてくれるなんて最高だなって。女子付きのエアコンだと、可愛い女子が暖めてくれるとか、涼しくしてくれるとか」
「お父様。馬鹿ですね」
歩美が呆れている。
「だろ。でも、二人で喋ってたら、何だか面白くってさ。で、最後に父親が『女子付きのお風呂なんて別に今のマンションでもできるな。風俗嬢をデリバリーで呼んで、一緒にお風呂に入るだけだ』って言って、『呼んでやろうか?』って訊かれたから、すっごく悩んだ」
「悩むかな」
「高校生で風俗嬢呼ぶって、さすがにちょっとおかしいですよ」
「いや、だけどさぁ、これってチャンスなんじゃないかって思って。親父は俺はちょっと外に出てやるぞって言うし。でも、父親にそういうことされるのは、ちょっと違うなって思って、断腸の思いで断ったよ」
「断腸の思いって……。だったら、私が一緒にお風呂に入ってあげましょうか?」
「え?いいの?」
「高いですよ」
そう言って流し目で髪をかき上げる歩美に、さすがに恭介も照れてしまい、「いくらで?」とは訊かなかった。
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