第104話 ロリコン

 大会が終わっての次の週の月曜日、火曜日と恭介は歩美と普通に会話をしていた。

 恭介から歩美への好意を聞かされていた凛太郎は内心、二人が話しているところをドキドキして見守っていたのだが、当の二人はそんな凛太郎を馬鹿にするかのように平然としている。

 恭介の気持ちを知らない歩美が平然としているのは当たり前なのだが。

 恭介は何を考えているのだろうか。

 一人でやきもきしている自分が馬鹿みたいなのだが、部活が終わると凛太郎はどっぷり疲れていた。


 歩美のいない水曜日でも、恭介は変わったところは見せなかった。

 歩美のことをどう思っているのか。

 歩美に対する気持ちに変化はあったか。

 そういった話題が出てこない。

 だから、凛太郎からも切り出せない。

 恭介も歩美への好意がどういうものか、分からないと言っていたから、それを時間をかけて見極めようとしているのだろうか。


 恭介は歩美のことは話さないが、いつもの水曜日の感じで話題を用意してきていた。


「たろちゃん。LGBTって知ってる?」

「性的少数者のことだよね?」

「さすがは、たろちゃん。何でも、よく知ってるわ。うちの高校でこの話題ができるのは、俺とたろちゃんぐらいだよ」

「そうかなぁ」

「そうだよ。ところで、じゃあ、QIAってのは知ってる?」

「クイア?知らない。初めて聞いたかも」

「そうだろうね。実はこのQIAも性的少数者を表す言葉なんだって。欧米では性的少数者についての考え方が日本よりはるかに進んでいて、今ではLGBTという概念だけでは性は語れない時代に入ってきてるんだ」


 恭介の喋っていることが難し過ぎて、良く分からない。


「んー。どういうこと?」

「つまり、性的少数者をレズのL、ゲイのG、バイセクシャルのB、トランスジェンダーのTの四つのみで語るLGBTという言葉を遣うと、性的少数者はこの四つのどれかに当てはまるという誤解を生むってことだよ」

「LGBT以外にも性的少数者がいるってことだね?」

「そういうこと。Qはクエスチョニングで、自分の性がどれなのかなかなか決められない、決めたくない人のこと。Iはインターセックス。これは体の構造が男性と女性のどちらとも一致しない人。Aはアセクシュアル。これは誰に対しても恋愛感情や性的欲求を抱かない人なんだな。他にも色んな人がいて、性的少数者の概念は今後もどんどん広がっていくだろうって言われてる。もともと色んな人がいるところに、概念が追い付いてきたとも言えるかもしれない」

「な、何か、今日の恭介君はアカデミックだね」

「そうかな。それほどでもないよ」


 恭介が顎に手を当てて決め顔をする。

 これで、凛太郎は恭介の真剣さに限界が来たことが分かった。「実はこないだ、ロリコンについて調べててさ」


 急に話題が粉々に砕け散った。

 眉尻を下げて笑う恭介の様子に凛太郎も吹き出す。


「何で?」

「ロリコンは幼女好き。ショタコンは幼い男児が好き。これってLGBTよりもよく聞く言葉だよね」


 恭介は、あえてなのか凛太郎の「何で?」という問いには答えず、自分の話を続けた。


「まあ、ロリコンなんて、すごく昔から使われてるもんね」

「じゃあ、ロリコンは悪いことだと思う?たろちゃんはロリコンだねって言われたら、どういう気持ちになる?」

「何となく、悪いことのように使われてる気がするね。ロリコンって言われたら、正直嫌な気分になるし、めっちゃ否定すると思う」

「そうだよね。LGBTは社会的に認めよう、差別するのは止めようっていう動きがある一方で、ロリコンに関しては社会的地位が回復しない。それどころか、非難の声はさらに強くなってる気がする。これってロリコンに対する差別じゃない?」

「児童ポルノに対する目が厳しくなってきてるもんね」

「でも、幼女が好きだっていうのは嗜好であってさ、それは男性が好きとか、女性が好き、ぽっちゃりが好き、巨乳が好き、とかと同じことじゃん」

「でも、ぽっちゃりが好きで、ぽっちゃりの人とエッチなことしても犯罪じゃないけど、ロリコンで、小学生の女の子にエッチなことをすると犯罪だもん。どうしてもロリコンには眉をしかめる感じになっちゃうよ」

「そういう時代だからね」


 恭介は腕を組んで、仕方ないなっていう表情になる。「実は、歩美のことを好きだってことが、ロリコンなんじゃないかって思えてきてさ。俺はロリコンじゃないって否定したくなったんだけど、そもそもロリコンが悪いことなのかっていう疑問が湧いてきてね」


 そういうことか。

 ようやく歩美の話題になって少しホッとする。

 恭介にからかわれているのかも、と疑う気持ちが兆していたところだ。


「大丈夫。歩美ちゃんは、見た目は少年っぽいけど、僕たちと一歳しか違わないから」

「ありがとう。もし、俺が将来、児童ポルノで捕まっても、たろちゃんは、飛島君は昔から幼い女の子が好きでしたよ、とか言わないってことだね」

「そもそも捕まるようなこと、しないでよ」

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