第103話 【エピソードゼロ】~入学式当日

※ この回は過去にさかのぼり、凛太郎と恭介が高校入学した日の様子を描いたものです。

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 正面玄関わきに立てられたホワイトボードに新一年生の名簿がクラスごとに貼り出されている。

 そこには既に人だかりができていて、なかなか近づけない。


「一組ってどこ?ねぇ。どこにあるの?」

「キャッ。同じクラスじゃん。ヤッタ。ヤッタぁ」

「ない。俺の名前ないぞ。どこだぁ!」


 高校入学初日。

 一年生のエネルギーはすさまじい。

 うるさすぎて、鼓膜が裂けそうだ。

 何を食べ、どれだけ眠れば、あんなに大きな声が出せるのだろう。


「ねぇ、ねぇ。反町君はどこのクラスだった?」

「俺?俺は七組。ラッキーセブン!」

「なぁんだ。私、一組。すごく遠い」

「私は六組。お隣だね」

「おお。一組だろうが、六組だろうが、みんな同じ高校の一年生なんだ。よろしくな!」

「うん。よろしく。たまにはうちのクラスに遊びに来てね」

「おう。早速、今からお邪魔しようか」

「やったー」


 背の高い日に焼けたイケメンが、数名の女子を引き連れて校舎の中に入って行くと、漸く名簿の近くにまでたどり着けた。

 奥川凛太郎。

 その名前は一年五組にあった。


「一年五組。一年五組。……ここだ」


 教室の中に一歩踏み入れると、想像通り、ここも騒々しい。

 あっちでは肩を組み、こっちでは腕相撲をしている男連中。

 スマホで連絡先を交換し合う女子達。

 その間を縫って、自分の席を目指す。

 座席は出席番号順、と黒板に書かれている。


「ラッキー。一番窓際の一番後ろじゃん」


 思わず呟いて小さくガッツポーズ。

 教室の中で最も目立ちにくい座席を確保できるなんて、これは願ってもないことだ。

 今日はここでそっと息をひそめ、少しずつ人知れず、小さい川の流れが大河の一滴となるようにクラスに溶け込んでいきたい。


「ガッ」


 何かが背中にぶつかって、弾き飛ばされる。


「お。わりぃわりぃ」


 当たったのは、多分同じクラスになった、ガタイの良い男子の大きなスポーツバッグだ。


「あ。いえ」


 立っているから、ぶつかられる。

 ササッと椅子に座り、身を低くして、嵐をやり過ごそう。


 座った途端に、女子を品評するヒソヒソ声が近くから聞こえてくる。


「おい。あれ見ろよ。あの、ぽっちゃりメガネ豚の後ろの子」

「ウワッ。あの子、めっちゃ、可愛いな」

「髪は長くてきれいだし、肌が白いし。何て言っても、笑顔がすっげぇ可愛い」

「しかも、あれ、かなり巨乳だぞ。それで、あの可愛さ。アイドル顔負けだろ。名前、何て言うんだろ?」


 顔を起こさなくても分かる。

 この女子の尻ばかりを追っている下品な野郎どもの視線の先には永田さんがいる。

 小学校、中学校と学校内のアイドルの称号をほしいままにしてきた、あの永田久美さんだ。

 また、一緒のクラスになった。

 なってしまった。

 小学一年生からの十年で八度目。

 こんなことってあるのか。


「なあ、なあ。お前よぉ。あの、天使みたいに可愛い子の名前知らない?」


 前の席の生徒に肩を叩かれ、話しかけられる。


「さ、さぁ……」


 ろくに目も合わさずに首を捻れば、その生徒は「あっそ」と言って、こちらへの興味をたちまち失う。


「しっかし、あんな可愛い子と同じクラスだなんて、めっちゃラッキーじゃね?」

「隣の四組にはあの小泉がいるしさ。他にも、可愛い子いっぱいいるぞ」

「俺、何か、楽しくなってきた!」


 いいよな。

 可愛い女子が近くにいるだけで、テンション上がる奴らは。

 それにしても、あのぽっちゃりメガネの彼が気になる。

 周りの喧騒が耳に入っていないはずはないのに、置物のように動かず、存在感を消している。

 そのたたずまいに異様なほど親近感を覚える。

 自分と同じ匂いがする。

 何とか彼と言葉を交わせるようになりたい。

 よし。

 一か月だ。

 一か月後には彼と昼ご飯を一緒に食べる関係になろう。

 なれるかな。

 ならないとな。

 それぐらいできないと、また今日からの三年間を中学校三年間と同じように、お地蔵さんとして暮らすことになる。

 何も喋らず、動くことなく、時間をやり過ごすだけのお地蔵さん。

 あの悪夢の三年間を繰り返すことだけは絶対にしないんだ。

 絶対に。

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