第102話 余韻(その2)

「変かな?」


 恭介の目は普段の冗談を言っているときのそれではなかった。


「あ、いや……」


 急に歩美のことを言われて、頭がついていけない。「本気……なの?」


 歩美は入学当時は角刈りみたいな髪の短さで、華奢な体形だったから、少年のように見ていた。

 最近は少し髪が伸びてキノコカットだが、それでもなかなか高校生の女子としては意識できない。

 胸はまな板のようで、その一点でも恭介の興味の対象からは外れるはずだが。


 しかし、「んー」と唸って思案の表情を見せる恭介の横顔がほんのり赤い。


「正直、まだ分かんないんだ。後輩や仲間として好きなのは間違いない。だけど、女子として好きなのか、それは自分でも分かんない。でも、それでも、歩美と一緒にいると楽しい。もっと話していたいって思う。これって、いったいどういう感情なのか……。どう思う?」

「僕たち、これまでの人生で女子と接点なかったもんね。だから、ここのところ急に女子と話す機会が増えて、女子に対して芽生えた気持ちが世間でいう何なのか、良く分かってないのかもしれない」

「友情なのか、恋愛なのか……。これって、永遠のテーマなのかもしれないけど、たろちゃんは男女の友人関係は成り立つ派?あの人は友達としてはアリだけど、異性としては見られないっていう感覚があり得ると思う?」


 恋愛は苦手だって言っているのに、また難しい問題を。

 凛太郎は気持ちが尻込みするところだが、相談してくれる恭介を前にして、「分からない」で終わることはできなかった。

 経験が乏しいことを前提に、直感的に思うところを口にする。


「女子が男子をどう感じるのかは分からないけど、男子の女子に対する気持ちは程度の差じゃないかな。高いか低いか。ある女子がいたとして、その人を恋愛対象としてのゲージがマックスになるってのはあると思う。だけど、逆にゼロっていうのはないような気がする。異性としては見られないってことは、恋愛対象としての好意って言うか、興味って言うか、それがゼロってことでしょ?全くないってのはあり得ないんじゃないかな」


 恭介は凛太郎の顔を指差して「それだ」と力強く断言した。


「たろちゃんって、時々、俺の分身なのかなって思うよ。気持ちが分かり合えるって、ほんと素晴らしいわ」

「照れるなぁ」


 凛太郎が恥かしそうに頭を掻く。


 それを見て、恭介が嬉しそうにゆっくりと二度頷く。


「俺さ、自分が誰かとこんなこと話すなんてびっくりだよ」

「何を?」

「男と女の友情が成り立つのか。さっき、たろちゃんも言ったけど、こんなのちょっと前の俺たちには全く縁のないテーマだったじゃん。友情も何も、女子との接点がそもそもないんだもん。それが、こんな風に自分のこととして男女のことを会話にできるなんて、ほんと、感慨深いわぁ」

「僕も。……恭介君のおかげ」

「そんなことない。それを言うなら、たろちゃんのおかげだよ」

「いやいや。そんな、そんな」

「えっと。何、話してたんだっけ?……あ、そうそう。俺の歩美へのこの気持ちは結局、何なの?」


 話がすっかり違う方向に行ってしまっていて、しかもそちらですごく盛り上がっていたことに二人で笑ってしまう。

 ひとしきり笑っているあいだに思い至った一つの答えを凛太郎は恭介に伝えた。


「僕が思うに、ってことだけど、僕も歩美ちゃんのことは好きだよ。でも、女子として好きかどうか、付き合いたいかと聞かれれば、そういう意識はかなり低いって言える。その点、恭介君はどちらか分からないって思うんなら、少なくとも恭介君は僕よりは歩美ちゃんのことを異性として好きだってことで、そういう意味では恋愛感情の度合いが高いよね」

「恋愛かぁ」

「そう言えばさ、一つ思い出したんだけど」

「何?」

「この大会に出る前に、反町君を賭けて歩美ちゃんが檜山さんと将棋しようとしたのを、恭介君が怒って辞めさせようとしたじゃん。あれって、嫉妬からきてたのかな」

「そういう指摘をされると、恥ずかしいんだけど。……多分そう」


 恭介が歩美のことで反町に嫉妬している。

 何だか冷やかしたくなって、凛太郎は「この、この」って恭介のぷよぷよ柔らかい脇腹を指で突いた。


「でも、恭介君、巨乳好きじゃん。巨乳じゃない時点で恋愛対象から外れるんじゃなかったっけ?」

「これは偉大な発見につながるかもしれない。巨乳好きが、貧乳を女性として好きになれるか。なれたら、新種発見のレベルだよ。人類の歴史において偉大な一歩だ。国連で講演できるかも」

「できないと思うよ。そして、永田さんが恋敵になるかもね」

「そうなんだよ。そういう意味でもたろちゃんには協力してほしいんだよね」


 途端に凛太郎の頬が引きつる。


「まさか……。そういうの期待されても荷が重いよ」

「いや、頑張ってよ。たろちゃんが永田さんと付き合えば、歩美がこっちを向くかもしれないんだから」

「えー。そういうの、自分の力で何とかしてよ」


 凛太郎が地面に手をついて、力なく項垂れると、恭介が手を叩いて笑った。


「あー。何か、試合の余韻でたろちゃんに余計なこと喋っちゃったな」

「いいんじゃない?こういうのも新鮮で、楽しいよ」


 二人はすっかり冷えて重くなった体を起こして、沈んでいく夕日を背に自転車を漕ぎ始めた。

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