第100話 記念写真

 みんな無言で会場を後にする。

 ロビーを出て駐車場をとぼとぼ歩き、自転車のある駐輪場に向かう。

 一勝もできず三連敗で終わった反町はさすがに意気消沈しているようだった。

 最後はなすすべなくやられた様子の歩美も心ここにあらずという感じで呆然と歩いている。

 きっと実力差に打ちひしがれているのであり、永田さんから色仕掛け(?)を禁止されたことは関係ないだろう。

 二階席から降りて来たひかるが合流しても、誰も言葉を発しないし、ひかるもそのまま俯いて黙って歩くだけだった。


 秋の陽光が斜めに注ぎ、少し茜色を帯びている。

 試合会場から離れるとすぐに喧騒がなくなり、メンバーの靴音がやけに寂しく耳に響いた。


「みんな……」


 凛太郎は何も言わずにこのまま帰るのは耐えられないと思った。

だけど、自分から話すのは苦手で、最後尾からの凛太郎の声が小さかったのか、誰の耳にも届かなかったようだ。


 凛太郎は口をつぐんだ。


 やめとこう。

 自分のような人間が誰かに呼びかけるなんて、無理なんだ。


 その時、永田さんが「ん?」と足を止めて、スッと振り返ってくれた。


「どうしたの?」


 永田さんが立ち止まったことに気付いて、他のメンバーも振り返る。


 凛太郎は、それに勇気をもらった感じがして、思っていたことをぶちまけた。


「みんな、ありがとう。僕……。今日、すごく楽しかった。何て言うか……。人生で……、そう人生で一番印象深い日になった。みんなのおかげです」


 ありがとう。

 最後にもう一度礼を言って、頭を下げた。


「たろちゃん……」

「それは大げさだろ」


 反町のドライな返しが凛太郎には気持ち良かった。

 だけど、本当に人生で一番なんだ。

 こんなに心が高揚したのは。


「私は結果として悔しさしか残ってない。でも、奥川先輩と同じで、印象深い日になりました。人生で一番ってわけじゃないけど」


 歩美がやっと笑ってくれた。

 それだけでも凛太郎は頑張って発言して良かったと思った。


「おい、檜山」


 反町に名前を呼ばれて、ひかるが慌てて目じりを拭う。「お前、また泣いてんのか」


「だって、何だか感動しちゃって」


 泣き笑いのひかるを見ていると、この子は良い子だと改めて思う。

 感受性の強さが性格にも影響していそうだけれど。

 反町が彼女のことをどう思っているのかは分からないが、彼女の恋が成就してほしい、そのためならできるだけのことはしてあげたいと凛太郎は素直に思う。

 恋愛なんてしたことのない不器用な凛太郎にできることと言ったら、何もしないで見守ることだけなのかもしれないが。


「私も楽しかった。また、このメンバーで試合に出たいな」


 永田さんが言えば、決まったようなものだ。


「他にどんな試合があるか調べとくよ」

「頼むぞ、部長。次は俺も絶対に勝つから、よろしくな」

「次はあんたじゃなくて、ひかるに出てもらいたいわ」

「歩美。私は反町先輩の邪魔はしないから……」

「うっし。記念にみんなで写真撮ろうぜ!」


 反町の提案に凛太郎の心がグラッと動いた。


 写真は嫌いだ。

 どこに立って、どういうポーズで、どういう顔で写ったら良いか全然分からないから。

 だから、いつも写真に写る凛太郎は誰かの後ろや隅っこの方で、どこを見ているのか、何を考えているのか分からない表情で、曖昧に首をかしげている感じになっている。

 それを見ると、誰だこれ?って思う。

 真っ直ぐカメラ見れば良いのにって突っ込みたくなる。

 自分の写真なのに。

 で、すぐに破りたくなる。


「じゃあ、せっかくだから会場の入口で撮らない?」

「おっ。さすが、久美ちゃん。俺と同じこと考えてる」


 だけど、今日は写真を撮ってもらいたい気もする。

 今の高揚感でなら自然な笑顔で写れるような気がする。

 カメラのレンズの前で、恭介と肩を組んだって良い。

 ああ、あの時は楽しかったって、事あるごとに思い返すような写真。

 そういう写真が一枚ぐらいあっても良い。

 いや、人生で一枚ぐらいはほしい。


「たろちゃん。写真だよ。行こう」

「奥川先輩。早く、早く」


 僕も写って良いんだ。

 恭介と歩美に誘われて、凛太郎は大きく頷いた。


「あの……」


 声を掛けられて、振り返ると花蓮がいた。


「あ。辛島さん」


 決勝トーナメントに残った八校の中に星城高校の名前はなかったから、もう帰ったものだと思っていた。


「決勝トーナメント進出おめでとうございます。最後は残念でしたけど、菊香高校相手に健闘されてましたね。凛太郎さんは互角でしたし、さすがです。私たちは予想通り予選敗退で……。次、頑張ります。また、よろしくお願いします」


 ひょこっとお辞儀をする花蓮。


「あ、こちらこそ」


 頭を下げる凛太郎を恭介が急かす。


「たろちゃん。早く!」

「ごめん、ごめん」


 凛太郎が駆け寄ると、また反町と歩美がもめている。


「あんたは端っこ」

「何でだよ。俺が提案したんだから、俺が真ん中だろ」

「あっそ。じゃあ、あんたはそこに立ってなさいよ。久美ちゃん、もうちょっとあっちで写真撮ろ」

「歩美。入口の前って、ここだよ」

「そらみろ。久美ちゃんが言ってるんだぞ。いいから、ここら辺に並べよ」

「だったら活躍した人が中心ってことで。奥川先輩、こっちです。久美ちゃんの隣」


 歩美が自分の体を無理やり押し込んで永田さんと反町の間に無理やりスペースをこじ開け、凛太郎を呼ぶ。


 そこへ入れと言うのか。

 凛太郎は笑顔を引きつらせた。


「僕、端っこでいいよ」

「駄目です。一勝もしてないこいつが真ん中なんてありえませんって。って言うか、あんた、全然役に立ってないんだから、カメラ係やりなさいよ」

「はぁ?ちょっと、君。さっきから言ってる意味がよく分かんない」

「まあまあ、二人とも。だったら、女子がしゃがんで、男子に後ろに並んでもらおうよ。ほら。私と歩美とひかるちゃんは前で」

「私、カメラ係やりますよ。将棋部じゃないんで」


 ひかるが自分のスマホを取り出して歩き出す。


「駄目。ひかるも一緒に写るの」

「だけど……」

「あのぅ……」


 いつから近くにいたのか、こそこそと花蓮が凛太郎のそばに寄ってきた。


「あれ?辛島さん」

「よろしければ、私が撮りましょうか?」

「え、あ、えっと」


 こういう時、どうしたら良いのだろう。

 素直に甘えるべきか、申し訳ないから断るべきか。


「ぜひ、お願いします」


 凛太郎が悩んでいたら、すかさず恭介が自分のスマホを花蓮に手渡した。「みんな。彼女が撮ってくれるって。サッと並ぼう」


 花蓮が恭介のスマホを持って、部員から少し離れた位置に立つ。


 前列は永田さんを中心に歩美が右、ひかるが左とすんなり決まった。


 後列は何だかんだで部長の恭介が真ん中で落ちついた。

 凛太郎はひかるの後ろに反町を行かせるために歩美の後ろに素早く動く。

 すると歩美が怖い目つきで凛太郎を見上げてくる。


「あの人、何者なんですか?」

「いや、何て言うか、……星城高校の将棋部の人だよ」

「そういうことじゃなくて、奥川先輩は何であの人と……」

「そんなこと、どうだっていいだろ。そう、怖い顔すんなよ。可愛い顔が台無しだぞ。記念の写真撮影なんだからさ。早く、前、見ろ。あの奇特で善意の人を待たせんなって」


 反町が前にしゃがむひかるの肩に手を置いて、カメラの方を指差す。「じゃあ、辛島さんだっけ?よろしく」


 歩美は舌打ちしてカメラの方を向いた。


「はーい。皆さん、こちらを向いて笑ってください」


 やっぱ、写真って苦手かも。

 凛太郎は頑張って作った笑顔を作るが、強張っていないか心配だ。


「たろちゃん、リラックス、リラックス」


 恭介が力強く凛太郎の肩にガシッと手を回し、空いている手でピースを作る。


 それで凛太郎が「おっと」という驚いた顔になったときに、カシャっと音がした。

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