第95話 全員女子

 事務局から召集され、修明高校将棋部のメンバー五人は四方八方から駒の音が鳴り響く会場に足を踏み入れた。

 結局、ひかるは応援に回った。

 反町、恭介、凛太郎、歩美、永田さんの順番で試合に臨む。

 気心の知れた恭介と歩美が凛太郎の両サイドに位置するという恭介の計らいだった。

 対局中も何かとうるさい反町は端っこがふさわしく、歩美は永田さんから反町を遠ざけ、かつ、自分が永田さんの隣に座れることに満足している様子だ。

 反町は永田さんと対極に位置することに不満のようだったが、我々の切り込み隊長は君以外に考えられない、と恭介に言われるとすんなり受け入れた。


 対局場となる長机に向かう。

 先に整列していた山田高校のメンバーを発見して凛太郎は愕然とした。

 並んでいるのは、まさかの五人全員女子。

 凛太郎が対局するのも当然女子となる。


 試合前に円陣を組もう、と恭介が机の脇にメンバーを集める。


「大丈夫か、たろちゃん」

「わ、分かんない」


 汗が止まらない。

 心臓がバクバクする。

 試合を前にした緊張感と女子と対決するという切迫感とのどちらがどう影響しているのかも分からない。


「顔が真っ赤で、汗の量がすごいぞ」


 反町は緊張している様子が全くない。

 サッカーで慣れているのか、もともとタフなのか。


「ハンカチ、使う?」


 永田さんがスカートのポケットに手を入れようとするのを、恭介と歩美が「駄目、駄目」と制止する。

 確かに、永田さんのハンカチを使うなんて、想像するだけで毛穴から汗がドバっと出てしまう。


 凛太郎はあらかじめ用意してきていた大きめのハンドタオルで顔を拭った。

 ハンドタオル、何枚要るんだろうか。

 三枚あれば余裕だと思っていたのに、初戦を戦う前からこれでは……。


「いい経験ですよ。女子に対する免疫を高めるチャンスですって」


 そういう歩美の表情は凛太郎の目から見ても明らかにこわばっている。

 凛太郎の緊張感が度が過ぎていてメンバーの注目を集めているが、そうでなければ歩美が心配されているだろう。

 だからと言って、余裕のない凛太郎には掛ける言葉が見当たらないが。


「やっぱ、今回は勝ち負けは度外視だな。とにかく、経験を持って帰ろう」


 恭介が笑顔で発言する。

 意外にも恭介は平常心を保っている様子だ。

 部長として頼もしい感じがする。


「何言ってんだよ。初めから勝つ気でやらなきゃ、勝てるわけねぇだろ。絶対に勝つんだ。どんな手を使ってでもな」

「あ、あんた、サッカーでどんな手を使ってんのよ」

「サッカーは手を使わねえスポーツなんだよ」

「そういうつまんないこと言ってるんじゃないのよ」

「俺が言ってるのも、気持ちの話だ。ルール内ならがむしゃらに勝ちに行く。そういうことだ」

「だったら、そう言いなさいよ。紛らわしい」


 歩美は反町と言い合っているうちに緊張感がほぐれてきたようで、舌の回転も滑らかになってきた。


「私は絶対に勝つわ。だから、あとの二勝を四人でもぎ取ればいい。そう考えて。奥川君はできるだけ相手を見ずに自分自身と戦うこと。結果はその後についてくる。チームで勝ちに行くのよ。奥川君のことはみんなでフォローしよう」

「久美ちゃん……」


 歩美の目がハートになっている。


「よっし。肩、組もうぜ!一体感が出る。それから、部長、一言締めてくれ」


 反町が強引に俺と永田さんの肩に手を回した。


「あ、こら。どさくさ紛れで、何だ、それ!その手、どけろ!」


 歩美が反町の手を永田さんの肩から外そうとする。


「修明高校。集まって」


 係員から呼ばれて、反町が「十秒待ってください!」と声を張り上げる。


「早く、早く。もう時間がないんだって」


 反町が急かすので、歩美も渋々円陣を組んだ。


「えっと、何だ。とりあえず、それぞれ全力を尽くそう。結果は気にするな」


 慣れないながらも円陣の中心に向かって恭介が声を出す。


「おう!」


 その瞬間、何となくみんなが一つになれた気がした。


 五人で整列して対戦相手の前に、長机を挟んで並ぶ。


「反町先輩!頑張って!修明高校、ファイト!」


 二階席で大きな声を出したのはひかるだった。

 ちぎれそうなぐらいに手を振っている。


 反町は頭上に拳を掲げて、無言で応えてみせた。


 その姿が男の凛太郎から見ても様になっている。

 反町と向かい合う対戦相手の女子がポッと頬を赤らめ、俯いた。


 係員がメンバー表を見て、一人ずつ名前を確認していく。

 凛太郎の対戦相手は当然ながら凛太郎の目の前に立っている女子だった。

 係員の指示に従って、全員が着席し、駒を並べる。

 相手の指に触れないように細心の注意を払いながら、凛太郎は盤上に指を伸ばした。

 が、その指が震えてしょうがない。

 飛車を掴もうとして指で弾いてしまい、相手側の机の下に落ちてしまう。


「あっ。ご、ごめんなさい」

「いえ」


 相手の女子が飛車を床から拾い、盤上に置く。

 その指も微かに震えていて、それを見て、少し肩から力みが取れた。

 みんな緊張しているのだ。


 じゃんけんで先手、後手を決める。

 じゃんけんは永田さんとも何度もしてきたから、凛太郎は初対面の女子とでもクリアできた。

 先手を取られたのは痛かったが。


「始めてください」


 係員の合図で、向かい合った十人が一斉に頭を下げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る