第94話 大会当日の朝(その2)
そこにいたのはポニーテールに銀縁メガネの女子高生。
花蓮だった。
「あ。辛島さん!」
「おはようございます」
「お、おはようございます」
「修明高校の一回戦は山田高校ですね」
「あ、うん」
凛太郎は慌てて手元の進行表を見た。「星城さんは……菊香高校?」
「そうなんですよ。春の優勝校。もう、試合の前から勝負が見えてしまって」
花蓮が困ったような笑い顔で眉尻を下げる。
「そうなの?それは、何と言ったらいいのか……」
「山田高校は春の大会で私たちといい勝負でしたので、凛太郎さんなら勝てますよ」
「そ、そうかな」
「頑張ってくださいね。私たちが先に負けてしまったら、凛太郎さんの応援に伺いますから」
ファイトです、と両手で可愛く握りこぶしを作り、じゃあ、と会釈して花蓮は去って行った。
凛太郎は、軽く手を挙げて花蓮を見送り、次の瞬間、ブルブルっと身震いした。
味わったことのない強烈な悪寒に襲われたのだ。
恐る恐る振り返ると、先ほどまでのカオスは跡形もなく、皆一様に冷ややかな視線を凛太郎に突き刺してくる。
凛太郎は人生で一番の身の危険を感じて、さらに強く戦慄した。
「ちょっと、どういうことですか、奥川先輩」
今日の歩美は怒ってばかりだ。
「何かな、歩美ちゃん」
ハハハ、と凛太郎は取り繕うような笑いを浮かべるが、どうにも雰囲気は温まらない。
「試合前の大事な時に、よその高校の女と何いちゃついてくれちゃってるんですか?」
「そんな、いちゃつくだなんて……」
「凛太郎さん、だってさ。何だかいいとこのお嬢様って感じだね。たろちゃんに星城高校の女子の知り合いがいるなんて、俺、知らなかったんだけど。たろちゃんも隅に置けないな。よその高校の女性と仲良くなる方法を俺にも伝授していただきたいもんですわ」
どうやら恭介も今は味方ではないらしい。
四面楚歌の状況で、凛太郎はじりじりと後ずさりする。
「そんな……。別に仲良くなんかないよ。あの子は姉貴の知り合いで、一度、挨拶したことがあるだけで……」
「一度挨拶しただけの人が下の名前で『凛太郎さん』だなんて呼びますか?『凛太郎さんなら勝てる』なんて言えますか?」
歩美の指摘が鋭すぎる。
だが、自分の部屋で将棋を指した、などと口走った日にはもう試合どころではない。
「いや、それは僕には何とも……」
「女子に免疫のないたろちゃんが、試合前に女子と会話なんかして大丈夫かね。心ここにあらず、になっちゃうんじゃないの?」
「あれぐらいで、そんなことにはならない、……と思うけどなぁ」
「いいじゃん、いいじゃん。さっきの子、奥川君にお似合いだと思うぞ。清楚な感じでさ。告白しちゃえよ。付き合っちゃえばいいじゃん。俺は心の底から応援する」
反町が目の底を光らせつつ軽薄な感じで言う。
「ちょっと、僕はそんな……」
「あんた、魂胆が見え見えなんだよ」
歩美が凛太郎の前に出て、反町と対峙する。
「魂胆って何かな……」
歩美の気迫に反町が少し怯む。「まぁ、いいじゃん。奥川君が使い物にならなくても、うちには檜山がいるし」
なぁ、と反町がひかるに声を掛ける。
「反町先輩のお役に立てるのなら、頑張ります」
すっかり涙の乾いたひかるはビシッと敬礼を決めて戦闘モードだ。
「お。ひかる、やる気じゃん。これはこれで、マジでありかもよ。ね。久美ちゃん」
歩美が話を振って、みんなが永田さんを見た。
凛太郎は、ごくりと生唾を飲んだ。
正直、花蓮がこの場に現れたときから、凛太郎は永田さんがどういう風に見ているか、気になって仕方なかった。
自分でも何故か、良く分からないけれど。
「私は……」
永田さんの表情がキリリと引き締まった。「急に勝ちたくなってきた」
永田さんの気迫に、全員が圧倒される。
「よ、よし。みんな、やるぞ!」
恭介が弱々しく拳を振り上げた。
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