第83話 敵か味方か

「どう思う?」


 この質問の主である恭介は、今日、興味深い統計の数字を持ってきた。

 それは童貞ミーティングで扱うのに最もふさわしいテーマかもしれない。


 高校生の童貞率。


 恭介がネットで得た統計によれば、高校を卒業するまでに童貞を卒業したのはおよそ四人に一人の割合だということだ。

 そして、どう思う?の疑問は、この四人に一人の割合が高いか、低いかという低レベルで無意味な感想を求めているのではない。

 今、恭介が凛太郎に投げかけたのは、我らが将棋部のイケメンメンバー反町が童貞か、そうではないのか、そうではないのならいつそうではなくなったのか、という問いだった。


「それ、知ってどうするの?」

「あのイケメンの反町をもってしてもまだ童貞であるのなら、我々二人が童貞であっても、何ら卑下することはないと胸を張れると思って」


 反町はサッカー部エースかつ美形。

 確かに、あれだけのハイスペックを有しながらも未だに童貞のままであるのなら、僕たちが童貞でない方がおかしいと凛太郎も思う。


「そうだったとしても、胸は張らないけどね」

「そうだね。胸は揉むものだからね」

「そういうこと言ってるんじゃないよ」


 凛太郎は苦笑する。


「もし、反町が童貞だとしたらさ」


 恭介の目が悪ガキがいたずらするときのそれのように、少し輝いたように見える。「一緒にミーティングやれるかもしれない」


「おっ!」


 凛太郎はその可能性には思い至らなかった。

 しかし、反町が加入することを考えたとき、この部室内で炸裂する童貞だけの妄想のやり取りは劇的な化学反応を起こすのではないかと背筋がゾクゾクした。


「ね?ちょっと、面白そうじゃない?」

「すごく魅力的だね。だけど、同じぐらい危険な香りもする」

「確かに。あいつみたいなイケメンが女子に対してどういうことを考え、どんな視点で見ているのかすごく興味深いけど、下手をするとミーティング自体を乗っ取られて、たろちゃんと作り上げてきたこの何とも言えない心地よい空間が醜く歪められてしまう可能性もある」

「敵か味方か……」

「ただ、一つ言えることは、俺は反町が童貞でなければ、絶対にミーティングには入れたくない。童貞だからこそ、見えないものに目を凝らして想像する面白さがあるからね。知っている人間の言葉にはリアリティがあって刺激的だろうけれど、これまでのミーティングにあった未知ゆえの熱量がなくなってしまうような気がするんだ」

「僕も同意見。反町君が非童貞だとすると、彼と僕たちの立ち位置が違うから、この場がどうしても彼の体験を教えてもらうという講義形式になってしまうよね。それはもうミーティングではない」

「それはもうミーティングではない」


 恭介は凛太郎のものまねをして、大笑いした。「悪い奴ではないと思うんだけどね。で、どうよ?」


 反町が童貞か、非童貞か。


「彼の見た目の格好良さは四人に一人という割合なら楽にクリアするよね」

「俺もそう思う」

「非童貞が四人に一人っていう数値に信ぴょう性はあるのかな」

「どこまでいってもネット情報だからね。でも、こういうことをテーマにした記事では大体どれも同じぐらいの割合だったから、ある程度外れていない数字なんだと思うよ」

「だとすると、やっぱり非童貞の可能性が高いんじゃないかな」

「んー。やっぱそうなるよね」


 恭介はどことなく納得がいかない表情で顎に手を当てる。「だけど、俺たちと同じ高校二年生で非童貞って、すごくない?何か、ちょっとありえない感じがするんだよね」

「僕たちと同じ物差しでは見ちゃいけない気もするけど」

「だとしても、この高校にいる四人に一人は非童貞って、ちょっと多すぎない?」

「そうだね。彼女がいる男子って、うちのクラスにもそんなにいない気がする」

「反町も付き合ってる人はいないよね」

「今は、いなさそうだね。だけど、イケメンだから、一年生の時とかは分かんないし。中学校の時は僕は全然知らないし」

「そうだよなぁ。じゃあ……」


 恭介は思案顔で顎にひげが伸びているかのようにさすった。「永田さんは処女かな?」


「えっ!」


 大きな声を出してしまい、凛太郎は押し黙った。

 恭介の質問に思いっきり驚きを示してしまったことに、急激に恥かしさがこみ上げてきた。

 何故、こんなに大きな声で反応してしまったのだろう。


「えっと。この話題は、ちょっと、やめとこう」


 恭介は慌てたように「ちょっと不謹慎だったな。駄目だ。駄目だ」とぶつぶつ言って、会話をうやむやにしてくれた。

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