第79話 誕生日(その2)
「たろちゃん、これ。良かったら、受け取ってくれ」
恭介は話題を転換するためにか、リュックから金色のリボンが付いた緑色の包装袋に入ったプレゼントをくれた。
袋の平べったい感じ、軽さ、指に伝わる感触から中身は容易に想像がついた。
きっとエロDVDだ。
それが分かった途端に、顔が赤らむのが分かる。
歩美の前で、こんなものを渡されて、どういう顔をすれば良いのか。
「ありがとう」
たった五文字だが、恥かしくて最後は声にならなかった。
「わー、それ、何ですか?中身が気になる」
そうなるよね。
予想通り、歩美の問いに何と答えれば良いか分からず、凛太郎はただ俯くばかりだ。
「歩美みたいな子どもには教えないよ」
「恭介先輩に教えてもらわなくても分かりますよ。あの厚み、大きさ……」
歩美は腕を組み、うんうんと頷いた。
この顔は、本当に分かっているような気がする。「はい。私からは、これです」
歩美のプレゼントは黄色の包装紙に包まれているが、形から何かは分かった。
「本?」
子どもが膝の上で広げる絵本のような大きさ。
受け取った重みも本だ。
「写真集です。こないだ教えていただいたおニャン子クラブの」
「え。マジ?それ、俺も見たい。どこで見つけたの?」
恭介が眼鏡の奥の目を光らせて包装紙を凝視する。
「ネットのオークションです。まだ根強い人気があるみたいですね。いっぱい出品されてましたよ」
プレゼントの趣旨が良く分からない。
何故、おニャン子クラブの写真集?
「僕、おニャン子クラブ、好きなわけじゃないけど。って言うか、メンバーの名前、一人も分からないし」
「これを見て、女子に慣れてくださいってことですよ」
最近、歩美はそればっかりだ。
言われる度に、馬鹿にされた気分になる。
いや。
馬鹿にされているのだろう。
「歩美ちゃん。あのさぁ……」
その時、玄関のドアが開く音がした。
二人が帰ってきたようだ。
「もしかして、お姉さん?」
恭介の顔が強張る。
明らかに嬉しさよりも緊張が勝っている。
先ほどは虚勢を張っていたのだろう。
そこら辺が恭介らしくて、愛らしい。
あら、誰かお客さん?
凛ちゃんの友達かな。あ!女子も来てる!
嘘?え。どうしよう。完全にノーマークだった。
母と麻実の会話が、声のボリュームを抑えているようだが、丸聞こえになっていて、家族として恥かしい。
しかし、何故か、恭介と歩美も黙り込んでしまった。
緊張でガチガチの恭介を歩美が横目で見て、声を押し殺して笑っている。
足音は部屋の前を通り過ぎ、キッチンの方へ向かった。
「お姉さんにご挨拶しないんですか?」
歩美が少し茶化すように肘で恭介の腕を押す。
「ちょっと、待って。まだ心の準備ができてない」
「そんなの要るんですか?そもそもさっきチャイム慣らした時に、準備はできてないと駄目じゃないですか」
「いや、あの時はできてたよ。だけど、一旦気が緩んでるから、仕切り……」
その時、部屋のドアが勢い良く開けられた。
「やあやあ、諸君……。我が弟の誕生日のお祝いに駆けつけてくれたようだね。ありがとう。姉の私からも礼を言うぞよ」
何故か麻実は仁王立ちで腰に手を当て、女王様キャラだ。「飛島君、ようこそ。そちらのお嬢さんは?」
「遠藤歩美と申します。お姉さまのお噂はかねがね耳にしております。以後、お見知りおきを」
歩美が片膝を立てて、両手をその上に重ね、臣下のように頭を下げる。
人見知りせず、ノリを合わせるところが、さすがだ。
「うむ。凛太郎のことをよろしく頼むよ」
麻実は余裕に満ちた笑顔を浮かべ、一歩中に入ってくる。「時に、我が愛しの弟よ。私からのプレゼントだ。受け取りなさい」
麻実が水色の包装紙に包まれた目薬が入っているぐらいの小さな箱を放り投げた。
凛太郎が慌てて受け取ると、ほとんど何も入っていないような軽さだ。
耳元で振ると、カサカサと微かな音がした。
「何ですか、それ。開けてみてくださいよ」
歩美が興味津々に目を光らせる。
「いや、やめとこう」
凛太郎は半笑いで素早く机の引き出しに仕舞った。
麻実の口元がいやらしく歪んだのが気になった。
「何をプレゼントされたんですか?」
歩美が麻実に問いかける。
「大人のたしなみ、かな」
麻実は余計に歩美を刺激するようなことを言い残して、満足そうに去って行った。
見せて、見せてといつまでも粘る歩美を、全てを理解した恭介が強引に連れて帰る。
二人が帰った後に確認すると、小箱の中は案の定、コンドームだった。
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