第78話 誕生日(その1)
今日は日曜日。そして凛太郎の誕生日。
母さんと麻実はいつもより少しだけ豪華な夕飯とケーキの買い出しに出かけた。
一年に一度の特別な日だが、これまで家族以外に祝ってもらったことはない。
毎年、母さんと麻実に夕食の時に「おめでとう」の言葉とともにプレゼントをもらう。
それだけの日だ。
いや、それだけで十分ありがたい。
僕の誕生を祝ってくれる家族がこの世界に二人もいるなんて、幸せなことだ。
毎年、凛太郎は努めてそう思うことにしている。
自室の机に向かって勉強をしながら、凛太郎は今日が日曜日であることに感謝していた。
誕生日が平日だと学校で何となく落ち着かない。
心のどこかで誰かが祝ってくれることを期待しているのかもしれない。
そして、こんなに大勢の生徒がいるのに、誰からも「おめでとう」の言葉をもらえないまま一日が終わることに心の薄皮がわずかに傷つく。
そんな傷は特に痛みもないし、次の日になれば癒えてしまうのだが。
玄関のチャイムが鳴った。何だろう。回覧板だろうか。
それとも宅配か。
まさかとは思うが、麻実がネットで注文してくれたプレゼントだったりして。
サプライズ好きの麻実なら、ありえなくはない。
そういうことをされると、どういう表情をして良いのか分からないから困るのだけれど……。
駄目だ。
凛太郎は机の上にシャーペンを放り投げて玄関に向かった。
今日は一日机に向かっているが、全然勉強に集中ができていない。
ドアを開けると、恭介が立っていた。
「え?どうしたの?」
ドアノブを持ったまま硬直して問いかけると、ノブを外側から引かれる。
「じゃーん。私もいますよ」
ニョキっと現れたのは歩美だった。
「わっ。歩美ちゃん」
「奥川先輩。誕生日、おめでとうございます!」
「おめでとう!たろちゃん」
「えぇっ!知ってたの?」
凛太郎は激しくうろたえた。
声が裏返り、体がひっくり返りそうだ。
「驚きすぎだって、たろちゃん。部員名簿見れば、誕生日ぐらいすぐに分かるんだから。え?……ちょっと、おい。泣くなよ」
不覚にも目が潤んでしまって、言葉を失っていたら目ざとい恭介に見つかってしまった。
今、この瞬間まで知らなかった。
家族以外の誰かに誕生日を祝ってもらえることが、こんなにも嬉しいことだなんて。
誕生日を祝福される。
それはつまり産まれてきたこと、そして今日まで生きてきたことを喜んでもらえたってこと。
血を分けた家族でもない人に自分の存在を肯定してもらえたことに、凛太郎はかつて味わったことのない感動を覚えた。
「いや。ギリセーフ」
無理やりにも笑って、
凛太郎は二人をこれだけでは帰したくなかった。
急に湧き起こって持て余すほど胸に満ちた二人への親愛の気持ちが体全体から溢れ出てしまいそうな感覚がある。
「歩美。本当に狭いけど、上がって」
恭介が家主のように言う。
「お邪魔しまーす。私、男の人の部屋に入るの初めてかも」
歩美が「何かワクワクする」と言いながら、嬉々として入ってくる。
部屋は三人が座ると、やはり窮屈だった。距離感が近くて、エアコンなど効果なく部屋の温度がどんどん上がっていく感覚があった。
「たろちゃん。今日、お姉さんは?」
「買い物に行ってるけど」
「何だぁ。残念」
恭介ががっくり項垂れる。
「何で、残念なんですか?」
「たろちゃんのお姉さん、めっちゃ可愛いんだ。マジ、焦るよ」
「えー。会いたい、会いたい。私も恋しちゃいますかね?」
そうだった。
歩美は両刀使い。
恭介もだが、歩美に麻実が好かれるのも面倒だ。
「うちの姉はケバくて、お転婆だよ。歩美ちゃんのタイプじゃないと思う」
「確かに、永田さんとはタイプ違うな。って言うか、たろちゃんのお姉さんは俺のモノなんだから手を出さないでくれる?」
「俺のモノとか、関係ないです。それに、ケバくても美しいものは美しいですからね。写真、ないんですか?」
誕生日を祝ってもらう高揚感が急に冷めてきた。
余計なことを言いやがって、という目で恭介を睨む。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます