第75話 眼帯

 恭介が白い眼帯をして登校してきた。

 いくら日頃目立たないようにしていても、さすがに眼帯をしていていじられないはずがない。

 恭介はクラスのイケている人たちに「海賊になったのか?」だとか、「眼帯にどくろマーク書かせろよ」とか、「変な病気うつすなよ」とか、散々に言われていたが、一回りすると、すぐに興味をもたれなくなっていた。


 ほとぼりが冷めたころに凛太郎が人目をはばかりつつ「どうしたの?大丈夫?」と小声で話しかけると、恭介は「後で、部活で」と素早く返事をしてきた。


 放課後、二人は限りなく物静かに、できるだけスピーディーに部室に移動し、歩美がまだ来ていないことを確認して、漸く心の重い殻を脱ぎ捨てた。


「マジで、どうしたの?眼帯なんて勇気あるね」

「これには二つの意味がある」


 眼帯をつけて、いつもよりも不細工になっている恭介が腕組みをして格好つけて言うから、凛太郎は呆れてしまう。


「意味?単に目の病気だからでしょ?ばい菌が入ったの?」

「たろちゃん。それじゃ身もふたもないじゃん。確かに、そうなんだけどさ」

「いや、恭介君が何だか格好つけるから」

「格好つけなきゃ、もう恥かしくて生きていけないよ」


 恥かしくて生きていけないと言われると、途端にかわいそうになってくる。

 何かと生きにくい世の中だ。

 弱い者同士、支え合って生きていかなくては。


「何したの?歩美ちゃんにも絶対に訊かれるよ」

「歩美には角膜炎って言うよ。嘘じゃないしね」

「僕には他に何か言うことがあるの?」

「あるよ。聞きたいでしょ、原因の核心を」

「原因の核心……。すごい重い響きだけど。皆には何て言ってるの?」

「そりゃ、ゴミが入って指でこすってたら腫れちゃったって」

「じゃあ、実際はそうじゃないんだね?」


 恭介は一体何をしたのか。


「実はね」

「実は?」

「指で何度も触ってたら、腫れちゃったのだよ」


 興味を持って訊いた僕が馬鹿だったと凛太郎は悔やんだ。


「一緒じゃん」


 声に非難の響きを込める。


 すると、恭介が「いやいや」と首を横に振る。


「それが一緒じゃないんだよ。ゴミが入ったからじゃない。俺が触りたいから触ったの」

「何それ。どういうこと?」


 恭介の言っていることの意味が分からない。


「たろちゃん。内眼角って分かる?」

「内眼角?」


 凛太郎が「聞いたことない」と答えると、「ここだよ」と恭介は眼帯をつけていない左側の目の、鼻に近い側の上瞼と下瞼のつながる部分を指差した。


「ここが内眼角」

「ほうほう。そこがどうしたの?」

「ネットに書いてあったんだけどね」

「恭介君って、しょっちゅうネット見てるよね」

「現代っ子だからね」

「で?」

「で。内眼角の感触が女性のあそこに似てるんだって」


 凛太郎は体から力が抜けるのを感じた。


「好きだねぇ、そういうの」

「悪い?」

「いや、別に悪くないけどさ。それで、どうしたの?どんなもんかなって指で触ってたら、角膜炎になっちゃったってこと?」

「その通り。それ以上でもそれ以下でもありません」


 恭介は晴れ晴れとした表情で笑った。


「で?二つの意味って?」

「一つは腫れてる目をみんなに見られないように。もう一つは、いくら女性のあそこに似てるからって何回も触るとこうなるよっていう啓発の意味」

「啓発も何も、そもそもの原因が分からなければ、啓発にならないし、誰もそんなことしないって」

「いや、少なくともたろちゃんは内眼角という存在を知ったから、触ると思うね。だけど、良い子は何回も触らないように。一日一回ぐらいにしましょう」

「触らないって。って言うか、そんなに似てるの?」

「結論から言うと、そもそもを知らないから、似てるかどうかは俺には分かりません」

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