第72話 待ち伏せからの急接近(その2)

「お!起きた?」


 目の前に恭介の大きな顔がある。


 凛太郎は反射的にガバッと体を起こした。


 外はまだ明るい。

 意識を失っていたのは、そんなに長い時間ではないのだろう。


「ぼ、僕……」

「大丈夫?そんなに急に動いちゃだめだよ」


 恭介が凛太郎を寝かそうとするが、凛太郎は頑なに首を横に振った。


「大丈夫だから」


 意識ははっきりしている。

 気分も悪くない。


 凛太郎は保健室のベッドの上だった。

 周囲に視線を飛ばす。


「誰もいないよ。永田さんはテニス部に行ったし、遠藤さんはそろばん塾だし」

「そっか」


 良かった。

 いや、全然、良くはない。

 保健室までどうやって辿り着いたのか、はっきりとは思い出せない。

 恭介の肩を借りて歩いてきたように思うのだが。

 永田さんに迷惑をかけなかっただろうか。

 ふらふらになって倒れてしまった時点で、十分に迷惑だけど。


「家の人、呼ぶ?」

「それは困る」


 そんなことしたら、また麻実に何を言われるか分からない。「頭はしっかりしてるし、一人で帰れるよ」


「じゃあ、もう少しゆっくりしてから帰ろう。俺が付き添ってくよ」

「ごめんね」

「いいよ、いいよ。面白いもの見させてもらったし」

「え?」


 凛太郎は硬直した。

 恭介に何を見られたのだろう。

 知らないと気持ち悪いけれど、聞くのが怖い。


「覚えてなかったらいいんだ。でも、永田さんはきっと忘れないだろうけどね」

「何?何?」

「いや、いいの、いいの。とにかく、たろちゃんは、反町なんか目じゃないってことだよ」

「えー。何?僕、何したの?」

「本当に覚えてないの?もしかしたら、これは確信犯か、とも思ったんだけど」




 恭介はニタニタ笑うだけで、なかなか教えてくれなかったが、少しずつ聞き出すことができた。

 恭介が言うには、凛太郎が倒れるとき、幸か不幸か、永田さんの方へ傾いていったのだそうだ。


 凛太郎もそれは何となく覚えていた。

 そっちはまずいと思いながらも、体がどうにも動かなくて方向を変えることができなかった。


 放っておけば、凛太郎が床に顔をぶつけてしまう。

 永田さんは身を挺して凛太郎の体を支え、それでも倒れてくる凛太郎の重さに耐えきれず、押し倒されるように徐々に床に倒れたようだ。

 その結果、最終的には横倒しになった永田さんの胸に凛太郎の顔が埋まった状態で静止した。


 恭介は慌てて永田さんに駆け寄った。


「うわっ。永田さん、大丈夫?」


 凛太郎の下敷きになった永田さんは冷静に訊ね返した。


「私、パンツ見えてない?」


 残念ながら見えておらず、恭介がそう伝えると、永田さんは全てを受け容れるように「じゃあ、まあいいか」と言って体の力を抜いた。


「たろちゃん!いい加減に起きなよ。たろちゃん!」


 恭介に揺さぶられ、凛太郎は少し意識を取り戻し、恭介に抱えられるようにして立ち上がったらしい。




「嘘だよね?」


 冷汗が止まらない。

 まさか、この顔が永田さんの胸に埋もれていたと。


「嘘だと思うなら、今からテニスコートに行く?永田さんから直接聞いたらいいよ」


 自信たっぷりの恭介に、凛太郎は再び意識が遠のくのを感じた。


「ごめん。もう少し横になるわ。脳が現実を受け入れられない」

「そうだね。帰り道で倒れても、もう永田さんの胸はないから」

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