第68話 キノコカット

「私、汗っかきなんですよね」


 歩美がしきりにハンドタオルを額や顎に押し付ける。「あー。髪がおでこにくっついて、かゆい」


「遠藤さんって髪伸びたね」


 恭介の何気ない指摘に、言われてみればと凛太郎も納得する。


「入学当初はもっと短かった」


 恭介はセンター分け。

 凛太郎は少し癖のある髪を真ん中よりは少し右側で分けているが、長さは二人とも耳にかからない程度だ。

 最初に会ったとき、歩美は首筋を刈上げ、長めの角刈りといった感じで恭介や凛太郎よりも短かった。

 それが今は耳はほとんど隠れ、耳たぶが少し見えているぐらいにまで長くなった。


「お?気付きました?」


 歩美が嬉しそうに手櫛で髪をとく。


「何?心境の変化?」

「いやー。あんまり短いと男の子っぽく見られるので」

「確かに、少年って感じだった」

「そうですよね。刈上げ短髪と制服のスカートがどうも違和感があって。入学式の時に美玖ちゃんと写真撮ったんですけど、誰だ、この可愛い美玖ちゃんの隣にいる女装した少年はって思っちゃったんですよ。自分のことなのに」


 歩美は自虐的な笑みを浮かべる。


「じゃあ、永田さんぐらいにまで伸ばそうとしてるの?」


 凛太郎は長い黒髪の歩美を想像して、すぐにやめた。

 笑ってしまいそうになる予感があったからだ。


「無理です、無理です。このキノコカットでも長くて気になっちゃうんで」


 歩美の頭はマッシュルームのように見えなくもない。


「何それ。美容院でキノコカットにしてくださいって言うの?」


 恭介が冗談っぽく言う。


「美容師さんに相談したら、こうしようってなったんです。キノコに似てません?」


 歩美はあっけらかんと言う。「こけしにも似てるかなって思ったんですけど、それって何かエロいんで、キノコでお願いします」


 一瞬の間をおいて、凛太郎は俯いた。

 女子がそういうこと言うなよ、と凛太郎は思ったが、女子というカテゴリーでは歩美は括れないのかもしれない。


「キノコだってエロいよ。俺、遠藤さんの頭があれにしか見えなくなってきた」

「やめてくださいよ。人の頭をエッチなものに見立てるのは」


 恭介と歩美が卑猥な話題で盛り上がっているなか、凛太郎はずっと顔を起こせないままだった。

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