第67話 スーパーカップ

 部活を終わって校舎の外に出た途端、ムワッとした暑気が首筋にまとわりついてきて、すぐに汗が滲み出てくる。

 時刻は六時を過ぎたところ。

 だけど、まだ西の空に陽は残っていて、少し茜色を帯び始めた程度だ。

 明るいうちに帰るのはもったいない。

 そんな気がしてしまうのは、やはり……。


「あっついな」


 西日を見つめて恭介が顔をしかめる。


「あっついですね」


 歩美がハンドタオルで首筋を拭う。


「じゃあ、また明日」


 凛太郎が「僕はこっちだから」と二人に背を向けて歩き出すと、恭介に肩を掴まれた。


「たろちゃん。つれないじゃん」

「え?」

「ちょっと、涼みに行きましょうよ」


 歩美が凛太郎の腕を捕まえる。

 いくら歩美だとは言え、女子に腕を掴まれるのは高校生になって初めてだ。

 中学生の時にもそんな記憶もない。


「え?え?どこに?」


 困惑する凛太郎に対して、校門を出たところで「あそこだよ」と恭介が示したのは百メートルほど先のコンビニの看板だ。


「帰り道に部活仲間とコンビニでアイスを食べるって、何だか青春っぽくないですか?」


 歩美が目を輝かせて凛太郎を見上げる。


 確かに青春だ。

 「仲間」とは何と素晴らしい響きなのだろう。

 自分が「仲間」の一人として認められたことに、凛太郎はポーカーフェイスを装いつつも心の中で興奮していた。

 恭介と歩美と凛太郎。

 三人での部活が楽しくて、明るいうちに帰るのはもったいない気がしてしまう。


 三人は談笑して歩いた。

 昼間の炎熱の残るコンビニまでの道を汗だくで歩いていても全然苦にならない。

 暑い、溶けそう、死ぬと愚痴を言い合うことすら楽しい。

 歩美のこの一言までは。


「先輩方は何カップが好きなんですか?」


 焦げるほど焼けた歩道が一瞬にして凍り付いた。

 真ん中を歩いていた凛太郎は立ち止まり、次の足が出せなくなった。


「えーっと」


 恭介は顔を引きつらせつつも、会話の接ぎ穂を探すように凛太郎と歩美の顔をチラチラと交互に見た。


 恭介はEからG。

 凛太郎はBかC。

 それがかつて童貞ミーティングで話し合った女性の胸の大きさの好みだ。

 しかし、それはミーティング内だからこそのやり取りであって、夕方とは言えまだ明るい歩道上で、女子に気軽に打ち明ける内容ではない。


「私はスーパーカップです」


 歩美は堂々と宣言する。


 ああ、そういうこと。


 凛太郎は漸く金縛りから解け、足を動かすことができるようになった。


「アイスの話ね」


 恭介も安心したように息を漏らす。


「何、動揺してるんですか?もしかして、胸の大きさのことかと思いました?」


 歩美がからかうように凛太郎を肘で押す。


 確信犯か。

 こいつ、と思うが、顔が赤らんで反応できない。

 これは立派なセクハラではないだろうか。

 後輩の女子高生からセクハラをされ場合、どこに訴え出たら良いのか。


「スーパーカップってさ、すごく大きい胸って感じしない?」


 売られた喧嘩を受けて立つように、恭介が話題を広げるのを聞いて、凛太郎は彼の勇気に感嘆した。


「だからこそ、食べるんです」


 歩美は自分の胸を見下ろした後、コンビニをキッと見据えて力強く歩き出した。

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