第66話 DTM存続の危機
空はどんより曇っている。
今にも雨が降り出しそうだ。
「DTM存続の危機だね」
窓の外を見上げる恭介が渋い表情だ。
「DTM?」
「童貞ミーティング」
「存続の危機ってのは、ちょっと大げさじゃないかな」
凛太郎は笑って雰囲気を和らげようとした。
恭介が心配しているのは、これまで水曜日は歩美がそろばん塾なので、二人きりで部室を使うことができていたのが、雨が降ると永田さんや反町が部室に来る可能性があり、それがミーティングの水曜日にもありえるということだ。「雨が降ったら、来るかもしれないと思って、ミーティングを辞めておけばいい。それだけのことだよ」
「それだけのこと?」
凛太郎の物言いが気に入らなかったようで、歯がゆさを顔に滲ませて首を左右に振った。「じゃあ、今日みたいな天気の日はどうすればいい?朝から今日はDTMができるかできないかとやきもきしながら過ごすんだぞ。できなかったら、たろちゃんと語り合いたいと思ってたことを、さらに一週間胸の裡に溜め込んで暮らすことになる。その一週間後にDTMができるという保証もないのに」
恭介は今にも泣きださんばかりだ。
恭介が当たり前のように童貞ミーティングをDTMと略して使っているのが気になるが、とりあえずそれはスルーする。
「じゃあ、永田さんと反町に水曜日は来ないでくれって頼んでみる?」
「おかしいだろ、そんなの」
「だったら、しょうがいないじゃん」
恭介は悔しそうに、ギリリと歯噛みしながら、二度三度と頷いた。
「たろちゃん」
「ん?」
「例のモノを」
恭介は凛太郎に向かって手を差し出した。
「いつもありがとう」
凛太郎はリュックからタブレットを取り出して、机の上に置いた。
今回の動画は意外な内容だった。
高校生のカップルが周囲の目を気にしながら、学校の中の色々な場所でばれないようにエッチをするというもので、女優の見た目は少し地味な感じだし、無理やり感は全くない。
どちらかというと女性がリードするような展開で、終始恭介の嗜好と合致するところは見出せなかった。
「でもさ。俺のことは気にしないでね」
急に恭介が爽やかな微笑みを浮かべて、全てを理解したような顔で凛太郎の肩に手を載せる。
「ん?何?」
「DTMが終わりになるのはあいつが可哀そうだからな、とかいう理由で、たろちゃんが幸せを遠ざけるようなことはあってほしくないんだ。そういうのって、結果、気を遣われた俺が一番傷つくんだからさ」
「何、何?何の話をしてるの?」
「俺はたろちゃんを応援してるってことだよ」
「僕も恭介君を応援してるよ」
「そうじゃなくてさ。永田さんと付き合うのはたろちゃんであってほしいんだよ。反町にも遠藤さんにも負けてほしくない」
先日、歩美がおかしなことを言ってから、恭介までがこういうことばかりを言うようになった。
「またそういうことを言う。僕は別に……」
「分かってるって。大丈夫、大丈夫」
恭介は凛太郎の言葉を途中で遮り、全てを任せておけという悪徳詐欺師のように口の端だけを歪めて笑う。「で、どうだった?」
「何が?」
「今回の動画だよ。校内で永田さんとイチャイチャしてる気にならなかった?」
「恭介君……」
そうだった。
恭介は凛太郎の境遇を勝手に想像し、それに近い設定のものを見つけてきては、凛太郎のリアクションを楽しむことが好きなのだ。
そういう意味では、今回の作品も恭介の嗜好に合致していた。
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